上司が仕事に立ちはだかる時 (1)
私は40代の後半に、経理部の1員として会計システム入替えの仕事に 携(たずさ)わったことがありました。1990年代半(なか)ばになる と基本ソフト Windows 95 が現れて、パソコンの世界が様変わりしました。
Windows 95 の出現によって、会計システムも刷新(さっしん)されるよ うになりました。私が勤務する会社の会計システムも新しい会計システム に入れ替えることになりました。
会社はシステム作成会社と契約し、経理部からは K さんを会社側の担当者 として、そのシステム作成会社に派遣し、新しい会計システム作成の仕事 に当たらせたのでした。
経理部長は、システム作成会社に行って K さんとしばしば仕事の進行状況 を話し合っているようでした。そして、いよいよ会計システム入替えの 時期が近づいてきました。新会計システムの導入日は、新年度の初日 4/1です。
2月も下旬になって、私は新会計システムの説明会があるものと思ってい ました。しかし、いっこうにその気配がありません。
経理課長は、組織の中ではありがちなことですが、上司の 経理部長に 対しては完全なイエスマンとして 経理部長の指示通りに動く方(かた)で あり、上司の指示には絶対服従でした。当然ですが、上司の覚えは大変良い のでした。
3月に入っても新会計システムの説明会はありません。私は焦(あせ)り始 めました。4/1からは、新会計システムを使って日常の会計を処理してい かなければなりません。しかし、同時に旧会計システムを使って期末決算 処理の仕事をしなければなりません。
つまり、少なくとも4、5月は、新会計システムと旧会計システムの両方を 並行して使っていかなければならないのです。3月中に、新会計システムの 内容が経理部の部員全員の頭に入っていなければ、4/1からの経理部の 仕事は回(まわ)りません。
私は、早急に システム作成会社から K さんを呼んで、新会計システムの 説明会を開くことを上司に提案しました。しかし、 経理部長の返事は 「必要ない」というものでした。理由の説明はありませんでした。
経理部長の表情は険しいもので、理由を聞ける雰囲気ではありませんでした。 その時は 、経理部長が意固地になったように、説明会を開かせない理由が 分かりませんでした。
( 上司は新会計システムの知識を独占したいのだった )
しかし、今から振返りますと、その理由が痛いほど分かります。 経理部長 は、システム作成会社に派遣されている K さんの所に何度も行って話を聞 いていました。
そして、K さん以外では、自分だけが新会計システムを知っているという 状況を作りたかったのです。そして、4/1から、経理部長として部下達 に新会計システムを指導して会計の仕事をさせていきたかったのです。
そのようなことができる、と思ったのです。しかし、そのようなことはでき ないのでした。経理部長の得意分野は、資金調達、資金運用といった分野で した。企業の金融関係の知識を評価されて経理部長に昇格したのでした。
会計システムを使っての決算処理の実践経験は無いのです。上記のような ことができるわけがありません。しかし、経理部長が「説明会は必要ない」 というのです。新会計システムの事前説明会の開催はあきらめるしかあり ません。
私にできることは、会計システム入れ替えに備えて、せめて経理部全員に 1人1台のパソコンの手配をすることでした。今では信じられないことです が、会計システムの入れ替えが目前なのに、パソコンが経理部の全員に行き 渡っていないのでした。
旧会計システムは、仕訳が必要な時は、担当者が紙の伝票で起票しました。 そして、会計伝票入力専門のアルバイトが1人いて、集まった紙の伝票を 端末機でまとめてコンピューターに入力していました。そして、入力された 会計データを定期的に総勘定元帳に反映させました。バッヂ処理方式と言っ ていました。
( パソコンはとても高価な機械なのだった )
これに対し、新会計システムでは、担当者が直接、パソコンに請求書などの 証憑(しょうひょう)から会計データを入力していくのです。そして、 入力された数値が直ちに総勘定元帳に反映されるのです。リアルタイム処理 方式です。この方式ですと、経理部は1人1台のパソコンが無ければ、 会計処理が間に合うものではありません。情報システム部にかけあって、 何とか3台ほどのパソコンを追加調達して、10人ほどの経理部は1人1台 のパソコンが準備できたのでした。
1990年代後半のことですが、あの頃はパソコンはとても高価なのでした。 1台が70万円ぐらいしていた記憶があります。予算の関係で渋る 情報システム部に事情を話して「何とか」と頼み込んで、追加で3台調達 するのは実に大変なことでした。
しかし、新会計システムの説明会は一度も開かれていません。私もそうです が、K さん以外、経理部員の誰もが新会計システムの具体的内容を知らない まま、4/1の会計システム切り替えに突入したのでした。
その後は、ひたすら前の見えない混乱の中で仕事を進めるのでした。2ヵ月 ぐらいは、毎日、経理部全員が午後10時、11時まで仕事をするという 状況が続きました。その間、経理部長は部下達を指導するどころか、時に 大きな声を上げたりして、1人(ひとり)で、何か興奮しているだけでした。
( 上司は仕事に立ちはだかる存在になった )
何しろ、経理部長には会計システムを使っての決算処理の実践経験が無いの です。何事もそうですが、実践経験が無いと、次の展開のイメージが持てな いのです。経理部長は仕事に立ちはだかる存在になったのです。
しかし、われわれ日本人の特性だと思うのですが、こういう時、地位が下の 人たちが一生懸命に仕事をするのです。この時も、バランスシートの グチャグチャになった数字を相手に経理部の部員は全員が奮戦したのでした。
急いで付け加えますが、私はこのような、われわれ日本人の特性を良いもの とは思っていません。このような、われわれ日本人の特性は、無能な上司を温存 してしまい、組織を良くない方向に押しやるからです。
地位が下の人たちは自分たちの職場を守るために奮戦せざるを得ないのですが、 日本の会社のために、何とか変えたいものです。しかし、私もどうしたら 良かったのか、今になっても分からないのです。
そして、6月も後半に入って、何とか落ち着いてきた頃に、実にイヤなことが 起きました。そのことは、次回に話したいと思います。
(次頁へ続く)