(2017/4/1)
会社員は変化する経済の中を生きてきた
私が学校を終えて就職した会社は全国の県に工場があるのでした。経営者 はどの県にも自社の工場があるようにするということを経営の 1つの目標 にしていたのです。
しかし、その目標を達成して程(ほど)なく、今度は一転、工場の統廃合 に入っていったのでした。日本経済は急速に発展変化していました。日本中 に高速道路が張り巡らされました。
製造のための原材料や、できあがった製品の輸送が高速道路を使って効率的 にできるようになりました。各県に工場を持っていることが、かえって 非効率になったのでした。
その頃、私は 20代の後半で、ある地方の工場で働いていました。しかし、 その工場ではこれまで作っていた製品の製造を効率化のために、より大きい 工場に取られていくのでした。1970年代後半の頃のことです。
( 工場の稼働率は下がっていった )
工場の稼働率は下がっていきます。工場長は焦(あせ)って、本業とは あまり関係の無い副業を導入したりしました。このままにしていたのでは、 工場閉鎖に追い込まれてしまうのではないかと恐れたのです。
製造ラインは休んでいる時が増えていきます。製造現場の社員は他の大きな 工場に応援に行かされることが多くなりました。
そうしている内に、工場の会計を中心とした事務関係の仕事を地域の支店に 集約して、まとめて処理することにします、という通知が本社から来ました。 その工場で事務関係の仕事をしていた私も、仕事が無くなって、他の事業所 に異動になりました。
それから何年かして、その工場はとうとう閉鎖されて無くなってしまいました。 転勤は無いという条件で、その工場には多くの社員が地元から雇われて働いて いました。
そのような社員の方(かた)たちは、やむを得ないということで、2〜3人 ずつ他の大きな工場に異動になったのです。しかし、他の大きな工場も機械に よる効率化が進んでいますし、人手が足りないというわけではありません。
そして、同じ日本でも他の地方に行けば、言葉や生活の習慣も随分と違います。 やはり、生活も仕事もやりずらかったのでしょう。その方たちは半年、 1年とする内に自主退職していくのでした。
経済は常に変化していきます。変化の速度が速くなったり遅くなったりという ことはありますが、絶えず変化し続けていることだけは確かなのです。
製品の製造技術は進化していきますし、上記したように、高速道路が急速に 整備されて、原材料、製品の輸送が効率化されたりしました。経営者も、社員も、 経済の変化の方向を見通すことは、なかなかできないのでした。
( どの業界も経済の変化に影響される )
そして、これは私が勤務する会社の業界だけではありませんでした。私が 30代後半で転職した会社は、財閥系の M 銀行にメインの銀行口座を持っていま した。その M 銀行は T 銀行を吸収合併しました。
形は対等合併でしたが、実態は M 銀行が T 銀行を吸収したのです。T 銀行は 日本で唯一の外国為替銀行として有名でした。学生が T 銀行に就職するのは とても難しく、 T 銀行の行員は文字通りの自他共に認めるエリートでした。
しかし、経済の変化の中で T 銀行は 経営が苦しくなり、M 銀行に吸収されて、 無くなってしまったのです。1990年代後半のことでした。
そして、私は仕事の上で関係のあった M 銀行の担当者から、T 銀行の行員の 方たちのその後(ご)のことを聞いたのでした。T 銀行の行員 は 1人づつ、 M 銀行 の支店に配置されたのです。これは辛(つら)く、苦しい勤務環境だったでしょう。
T 銀行のほとんどの行員の方が 自主退職していくのに、それほど時間はかから なかったでしょう。有名大学を卒業して、大変な競争を経て T 銀行に就職し、 社会のエリートとして働いてきた行員の方たちは、一体なぜこんなことになった のだろうと歎(なげ)いたと思います。
T 銀行以外にも、社名を言えば、誰でも知っている大企業が倒産したり、他の 会社に吸収されたりして、いくつも無くなっていきました。会社は経営が苦しく なれば、社員を雇用している力を失います。
( 会社員は転身しながら生きてきた )
最近の経営学の本には、日本の企業は以前は終身雇用であったが、最近は 終身雇用ではなくなったなどと書いています。しかし、会社都合による解雇という ものではなくとも、経済が変化していく中で、会社の経営が苦しくなったり、 業務の効率化が図られたりして、その結果、社員が自主退職に追い込まれるのは、 私が勤める会社の中でも外でも、珍しくはないのでした。
終身雇用なるものは、企業の現実を調査しないで、研究室に閉じこもって考えて いる経営学者の頭の中だけにあるものなのです。会社員が働いている現実の経済の 中には、昔も今も、終身雇用のようなものはどこにも無かったのです。
会社員は、いつの時代も経済の変化から来る苦悩に耐えて、転身しながら生きて きたのでした。
(了)