硬直した人事制度の弊害について(2)
(前頁より続きます)
( 山本五十六はアメリカ人の本質を見誤った )
そして、山本五十六のねらいとは真反対に、この真珠湾への先制攻撃は、 アメリカに日本との戦争に大義を与え、 アメリカ国民の心を一つにし、 彼らの戦意に火をつけます。
そもそも、アメリカ人は山本五十六が考えたようなヤワな民族ではあり ません。彼らの先祖達はイギリスで生活できなくなって、命がけで 大西洋を渡りアメリカに来ました。
そして、彼らに食料を恵んで命を助けてくれたインディアンをたちまち 皆殺しにしてアメリカを建国したのです。先制の中途半端な一撃で ギブアップするような甘い民族ではないのです。
山本五十六は若い頃アメリカに行ってアメリカをよく知っていると言わ れました。しかし、山本五十六はアメリカという国の出発点の原点に 目が行かなかったため、アメリカ人の本質を見誤ったのです。
このように、海軍兵学校卒のエリート軍人は、@ 記憶力によって覚え ること A 知力によって理解すること については最優秀ですが、 自分たちへの国民の崇拝によって舞い上がっていて、 B 体験に よって身につけるということができないため、いつまで経っても人間と して成長できず、物事の本質を見抜くことができないのです。
その後、決戦となったミッドウェイ海戦でも山本五十六連合艦隊司令長官 は南雲第一航空艦隊司令長官に指揮をまかせて自分は戦場に立つことは ありませんでした。そして、ミッドウェイ海戦で完敗した日本は惨めな 敗戦に向かっていくだけでした。
結局、山本五十六連合艦隊司令長官は一度も戦場に立つこと無く、 ミッドウェイ海戦で完敗した後、戦場の前線視察の名目で、部下に命じて 航空機で敵の制空権の中を飛ばせ、打ち落とされて戦死したのでした。
敵の制空権の中を飛ぶのですから、打ち落とされることは分かっている のに、山本五十六連合艦隊司令長官の命令で飛んで戦死した兵士達は 本当に気の毒です。
( 日本軍の人事は硬直していた )
なぜこんなことになってしまったのでしょうか。「百田尚樹 日本国紀 2018年11月10日第1刷発行 2018 年11月25日 第4刷発行 幻冬舎」は言います。
「信賞必罰ではなく、出世は 陸軍士官学校と海軍兵学校(および 陸軍大学校と海軍大学校)の 卒業年次と成績で決められていたのだ。 個々人の能力はほとんど考慮されない。(-中略-)この頃の軍人は 戊辰戦争や西南戦争を経験していた日清戦争や日露戦争 の司令官 クラスとはまるで違っていたのだ。」397頁。
国運を決する大戦争なのに、海軍兵学校を卒業した年次と成績で 連合艦隊司令長官を選ぶようなことは決してやってはいけなかったの です。愚かで悪いのは、 海軍兵学校の卒業年次と優等生という理由 で、山本五十六を連合艦隊司令長官に選んだ人たちです。
何という愚劣な人 たちだったのでしょう。但し、これは、最終的には 日本国民が悪いのでした。日本国民は海軍兵学校卒のエリート軍人を 崇拝し崇(あが)めました。
そのため、海軍兵学校卒のエリート軍人達は舞い上がってしまい、無能 な集団となってしまったのです。対米戦争 (太平洋戦争)が300万人 という途方もない犠牲者を出して惨敗したのは、ひとえに上記の 百田尚樹 が指摘する「出世は 海軍兵学校の 卒業年次と成績で決めら れていた」という硬直した人事にあったのです。
( 聯合艦隊司令長官の違いについて )
対露戦争(日露戦争)と対米戦争 (太平洋戦争)の決定的な 違いは 連合艦隊司令長官です。対露戦争(日露戦争)の時の 連合艦隊司令長官 は東郷平八郎でした。東郷平八郎を連合艦隊司令長官に推薦する人に 明治天皇は聞きます。 「なぜ東郷平八郎か。」推薦した人は答えます。 「東郷は運の強い男です。 戦争で負傷したことがありません。」
こうして対露戦争(日露戦争)の連合艦隊司令長官は東郷平八郎に なり ました。東郷は期待に応え決戦となった日本海海戦で敵弾が どんどん 飛んでくる旗艦三笠の船上に立って直接に戦いを指揮し、ロシア艦隊 に完勝して対露戦争(日露戦争)における日本の勝利を決定づけたの で した。
(次頁に続きます)
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