仕事ができるフリをする男の罪悪について(4)
(前頁より続きます)
( 駐米大使は英会話ができるフリをした )
私の経験は一企業の中でのことです。駐米大使野村吉三郎は対米戦争 (太平洋戦争)前のアメリカ国務長官コーデル・ハルとの交渉という 国家レベルの仕事で英会話ができるフリをして、通訳を入れませんでし た。
何という巨大で罪悪な「英会話ができるフリ」でしょう。歴史の本を読 むと、すべてのどの本にも対米戦争(太平洋戦争)前、日本は一生懸命 にアメリカと交渉したと書いています。
「百田尚樹 日本国紀 2018年11月10日第1刷発行 2018 年11月25日 第4刷発行 幻冬舎 」も次のように書きます。
「昭和十六年(一九四一)十一月二十七日、アメリカのルーズベルト 政権はそれまでの交渉を無視するように、日本に対して強硬な文書を突き 付けてきた。この文書はアメリカ国務長官コーデル・ハルの名前をとって 「ハル・ノート」と呼ばれているが、最も重要な部分は、 「日本が仏領インドシナと中国から全面撤退する」という項目だった。 これは日本としては絶対にのめない条件だった。この時点で、日米開戦は 不可避になったと言える」384頁。
( コーデル・ハルは野村大使の英語が分からなかった )
しかしながら、コーデル・ハルは回顧録で「野村は通訳を入れることを 拒否した。しかし、私は、彼の英語が分からなかった。」と言ったのです。
対米戦争(太平洋戦争)直前、対米交渉は存在しなかったのです。英会話 のできない野村吉三郎が、通訳抜きでコーデル・ハルと交渉できるわけ がありません。
私は、このサイト記事を書いていて、駐米大使野村吉三郎がアメリカ 国務長官コーデル・ハルとの日本の国運をかけた厳しい対米交渉の場面で、 英会話ができるフリをしたという、これ以上考えられない最大限の極限 までの不誠実に対して怒りと憎悪で一杯になります。
アメリカ国務長官コーデル・ハルは、何を言っているのか分からない 駐米大使野村吉三郎の英語に、当然のことですが、いつもイライラして いたと思います。そして、「ハル・ノート」が出てきたのです。
私は長く生きてきましたが、絶望とはこういう状況なのか、と知りました。
英語は日本人にはとても難しい言語です。外交官は、外国と難しい交渉 をするときはキチンと通訳を入れて間違いの無い外交をやってほしい ものです。
( 英語はドイツ語の方言である )
そもそも英語とはどのような言語なのでしょうか。渡部昇一上智大学 名誉教授は、「英語の歴史 1983年6月20日 初版発行 大修館 書店」のまえがきを「英語は元来は北ドイツの二、三の部族の使っていた ゲルマン語の方言であった。」と書き始めます。
つまり、英語はドイツ語の方言なのです。日本語で言えば、東京で話さ れる標準語に対して地方で話される方言、例えば東北弁のような言語で す。
東北弁は、一つの単語の中で発音が省略されたり濁音化されたりします。 そのため、東京で生まれ育った人にとっては、聞き取りや発音が難しい 言語です。
たまにテレビで純粋な東北弁を聞くことがありますが、その言葉を聞き 取ったり、発音を真似ることを想像してもらえば、その難しさが分かる と思います。
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(追記)
「封印の昭和史 渡部昇一、小室直樹 初版 1995年8月31日 四刷 1995年10月15日 徳間書店」は2020年7月1日復刻版が出版されま した。
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