仕事ができるフリをする男の罪悪について(3)
(前頁より続きます)
( 私は仕事ができるフリをする上司に苦しんだ )
話を対米戦争(太平洋戦争)開戦時の駐米大使野村吉三郎に戻しましょう。 実は、私も会社員生活の中で、仕事ができるフリをする上司に苦しめられ たことがあります。
もちろん野村吉三郎のような国家破滅のレベルの話ではなく一企業の中 での話です。私は20代半ばの頃、転勤である地方の支店に転任しました。 そして、 そこで前任者から引き継いだ業務の一つに、販売子会社の会計 があった のです。
毎月、その販売子会社の月次決算をし、年度末になりましたら期末決算 をしました。この販売子会社には1つだけ営業所がありました。 販売子会社には当時、急激に勢力拡大するスーパーマーケット に対応 する力が無いため、親会社の支店の営業部門が 直接にスーパーマーケット に対応するために作った営業所でした。
そして、この営業所の会計処理がおかしいのでした。この会計処理方法は 、課長と係長が考えた処理方法でした。課長は ソロバン1級の腕前で パチパチとソロバン を弾(はじ)いていました。当時はパソコンどころか 電卓がやっと出回り始めた頃です。
1970年代のことです。今では想像 もできませんが、ソロバン1級は 一つの大(たい)した技能なのでした。 一方、係長は名門私大 K大出身 でした。
( 会計規則違反の会計処理 )
しかし、課長、係長が考えたというこの会計処理方法は何だかおかしいな、 と私は思いました。しかしながら、20代半ばのまだ未熟だった私には 会計規則に照らして具体的にどこがどのようにおかしいのか指摘する力が ないのでした。
ソロバン1級の課長は、「仕事にはハッタリが必要だよ。」と言うので した。しかし、会計実務は、ハッタリのようなものが通用する世界では ないのです。
私が販売子会社の会計をなおせないまま担当して1年近くが経った頃、 販売子会社に税務署の調査が入りました。ソロバン1級の課長と名門 私大 K大出身の係長は転勤して既にいませんでした。
調査の途中まで は何ということもなかったのですが、調査が半分を過ぎ た頃、まずいことが 起きました。ある経費(交際費)を販売子会社と 営業所で分割負担していたのですが、そのことを 担当者が領収書に 記載していたのです。
実はそのときまで、調査官は営業所 の存在に気づいていなかったので す。調査官は私に「営業所があるのですね。営業所の売上は会社全体の 何割ぐらい ありますか。」と聞いてきました。割合によっては営業所 の方(ほう)も 調査に行かねばならないな、という雰囲気です。
営業所の調査になれば、会計規則違反の会計処理の問題が出てきます。 私は心の動揺 を抑えながら考えて、落ち着いて「2割ぐらいです。」と 答えました。
私の 答えに調査官がどのように考えたのかは分かりませんが、営業所の 調査は やらずに終わったのでした。もう45年以上前の昔のことです が、こうして書いていましても背中が ヒヤリとします。
もし営業所に行かれたら、会計規則違反の会計処理を説明できないまま、 最悪、多額の税金を取られた可能性がありました。よく切り抜けられた と思います。
ソロバン1級の課長は50代の方で、長年の会計の経験が ありました。 係長は30代半ばぐらいの方でしたが、難しい昇格試験に合格 した 優秀な人でした。しかし、二人とも会計規則を知らないのに知っている フリをして、スーパーマーケット対応の会計処理を作ったのです。
( 私は財務会計の勉強に力を入れた )
私は20代の若かった時、このような辛い体験がありましたので、 その後、 財務会計の勉強に力を入れました。そして、自分が会社で係長、 課長と いう立場になった時、後輩や部下に確信と自信を持って正しい 会計処理の指導 をすることができました。
そして、会計規則を知っているフリをして会計規則違反の会計処理を 考え出して、 まだ未熟な若い後輩や部下に押しつけ苦しめるという、 上記のソロバン1級の 課長や、名門私大 K大出身の係長の ような、 会社員として最低の罪悪な事は、当然のことではありますが、しま せんでした。
(次頁に続きます)
(追記)
「封印の昭和史 渡部昇一、小室直樹 初版 1995年8月31日 四刷 1995年10月15日 徳間書店」は2020年7月1日復刻版が出版されま した。
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