(前頁より続く)
上司が仕事に立ちはだかる時 (2止)
前回は、会計システム入れ替えの仕事が何とか落ち着いてきた頃に、 実にイヤなことが起きたという話をしました。
経理部には、私ともう1人、いわゆる中高年と言われる年代の社員がい ました。人事部発表の定期異動で2人共、降格人事を受けたのです。
ちょうどその頃、日本の企業では成果主義という新しい人事管理の 制度が急速に広がっていました。私が勤めていた会社も人事部が熱心 に成果主義を取り入れ始めていました。それまでは、不祥事以外に 見ることの無かった降格人事が1年1度の定期異動で見られるように なったのです。
労務管理のために人事考課制度は必要です。しかし、人事考課制度の 運用は難しい部分があります。経営学の本には「人事考課の目的は 人材育成のために実施される」などとキレイなことが書かれています。
( 現場の人事考課制度はドロドロしたものになった )
日本経済が成長していて企業経営も順調な時は、そういう面もあるか もしれません。しかし、日本経済の成長が止まり会社の経営が厳しく なると、途端に、会社の現場の人事考課制度はドロドロとしたものに なりました。
人事考課の季節になると、人事部の厳しい評価をして欲しいという要請 に応(こた)えて、管理職が自分の好き嫌いなどで部下に低い評価をつ けて、その後(あと)で適当に理由付けをするのが多くなります。
低い評価をつけた部下にマイナス部分を見つけられなければ、「協調性 が無い」という奥の手を使えば何とでもできます。「人事考課なんて考え たって仕方がない」と、1日もかけずに20人ぐらいの部下の1年間の 人事考課をサーとやってしまう管理職を見たことがあります。
そして、上司の低い評価に基づいて、人事部は降格人事を乱発する時代 になったのです。成果主義とは、私の経験では総人件費を削減するため の強力な手段なのでした。
当然のことですが、人事部の要請に基づいて、人事考課で部下に低い 評価を出す管理職が高く評価されます。人事部が降格人事を乱発すること ができて、総人件費削減に貢献するからです。
( 中高年社員は降格人事の標的にされたのだった )
特に中高年社員は降格人事の標的にされました。中高年社員は降格され ても転職が難しいですし、若い社員より勤続年数が長い分、多少給与が 高いので、会社の狙いである総人件費削減効果が大きいからです。 人事部にとってネライ目でした。
あの頃、導入されたばかりの成果主義の渦中にいた私は、いま振返りま すと、成果主義という狂気の中にいたのだなと思います。
そして、「降格の理由を説明する」ということで私は会議室に呼ばれま した。会議室で待っていたのは、最近、大きな銀行から天下ってきて 管理部門を担当している取締役でした。降格の理由は「人事考課が悪い から」ということです。そして、具体的な仕事の話は何も無いのでした。
私は、自分の仕事を説明しました。日常の仕事に加えて、ここのところ ずっと会計システムの入れ替えの仕事をしていましたので説明は長くな りました。その取締役は「自負心は誰にでもあるんだよ。」と言いまし た。
私は「自負心ではありません。仕事を説明しています。」と言って、話 を続けました。30分ぐらい経ったところで「あなたの降格は決まった ことだ。」と言って、取締役は話を終わりにしようとしました。しかし、 私は仕事の話を半分もしていません。私は「まだ話を終わっていません。」 と言って続けました。小1時間(こいちじかん)経ったところで、 取締役は、もう一度「あなたの降格は決まったことだ。」と言って 会議室を出て行ってしまいました。
私は、「まだ話は終わっていません。」と言って止めましたが、取締役 は会議室を出て行ってしまいました。私は、1人、会議室に取り残され て降格されたのでした。
会計システム入替えという難しい仕事に必死に取り組んでいる内に、 後ろからソーと近づかれて、ブスッとナイフで刺された気がしました。 「誰だ!」と振返ったら、ナイフを私の背中に深々と刺しこんで、「スキを 見せたな」と血まみれのナイフを手に冷たく薄笑いしているのは、ほか でもない上司なのでした。
その後、降格された経理部の中高年社員である私ともう1人は、 会計システム入れ替えが軌道に乗ってほどなく2人とも子会社に異動に なりました。もう1人の人は自主退職してしまいました。私は辞める 理由が無いので、怒りで一杯になりながら子会社で一生懸命に仕事をし ました。
そうしている内に、システム作成会社に派遣されて、新会計システム 作成の仕事に従事した K さんが会社を自主退職したという話を聞きまし た。
噂では、経理部長が「会計システムの入れ替えが難行し混乱したのは K が仕事ができなかったからだ」、と社内のあちこちで言い回って、 K さんが追い詰められたからだということでした。噂でしたが、あの 経理部長ならやりかねないなと思いました。実にイヤな話でした。
( 自己保身の上司は自分の失敗を部下に責任転嫁する )
組織で取り組む大きな仕事が難行したとき、その組織のトップが自分の 責任から来た失敗の混乱を部下に責任転嫁して自己保身を図るのは、 歴史の本などで読んだことがありましたが、この会計システムの 入れ替えの時、いやになるほど自分自身で体験させられたのでした。
歴史の本などでは、自己保身を図って部下に責任転嫁して犠牲にした 上司は、その後、順調に出世していくのです。この経理部長も、 その後、本部長、監査役と順調に出世したのでした。
このように、生まれ持っての性格だと思うのですが、常に自己保身に のみ走る恐ろしく組織生命力の強い人は、見ていて気分の悪いものです が、どの組織にもいるように思われます。組織の不条理を強烈に見せつ けられましたが、組織の現実はこのようなものです。
自己保身の人は、数は多くはありませんが、組織には必ずいると考えた ほうがよいと思います。
会社員は、やらなければならない仕事を十分に遂行しながら、自己保身 の人からの被害を上手に避ける、これがベストです。しかし、それは難 しいことです。
不幸にして自己保身の人に出会ったとき、このような組織の現実をどう 生きるか、会社員は考えていなければなりません。会社の組織には、 仕事を無視して自己保身を徹底する、恐ろしく組織生命力の強い人がい ると、前もって考えていれば、自己保身の人から被(こうむ)る被害を、 無傷というわけにはいきませんが、少しでも小さくできる可能性がある と思うからです。
(了)