(2016/7/13)
会社に成果主義が導入されたとき
会社が成長しているときは、社内の雰囲気には余裕があるのでした。 年々、売上げが増えます。社内に人も増えていきます。しかし、やがて 会社の成長がゆるやかになるときがやってきます。
私が勤めていた会社の成長がゆるやかになりかけた頃、不運にも、 ちょうど日本経済はバブルが崩壊しました。1990年代前半のことで す。
当時の M日銀総裁が「バブルは良くない、バブルはつぶさなければなら ない。」、と急激に金融を引締めたのです。日本経済は大不況になり、 多くの企業の経営は急激に苦しくなりました。
企業の経営者は驚いて、利益を確保するため総人件費の削減に夢中に なりました。総人件費削減の方法は、成果主義の導入、新人の採用抑制、 正社員の非正社員への置換え、中高年社員のリストラ、などです。
( 成果主義が導入されて、降格人事の嵐が吹き荒れる )
私が勤めていた会社も成果主義を導入しました。私が勤めていた会社の 成果主義とは、年度末に各人が次年度の目標を申告させられることから始ま ります。
そして1年が経つと、目標の達成度合いに基づいて、上司による人事考課 が実施され、定期的な人事異動に反映させるというものでした。
人事考課は急激に厳しいものになりました。その結果、それまでは、 不祥事によること以外、見ることの無かった降格人事が毎年の定期的な 人事異動の時に大幅に発生するのでした。
特に中高年社員が降格人事を受けました。もちろん昇格人事もあります。 しかし、昇格人事よりも降格人事がはるかに多いのでした。私も降格人事 を受けました。
人事考課による多数の降格人事が総人件費削減の手段となったのでした。 人事部と管理職の権力は急激に強まります。
成果主義という新しい制度によって、苦悩しながら部下を降格した管理職 がおられたでしょう。反対に、躊躇(ちゅうちょ)無く、ときに喜びを感じ ながら部下を降格した管理職もいたでしょう。
部下を多く降格した管理職が評価されるのでした。誰もが自分を守ることに 必死でした。
( 突然、社内は弱肉強食の世界になった )
この時、社内の空気は一変しました。かなりの方(かた)が、みかけの良い派手に アピールできる業績をあげようと必死でした。地味な日常業務は投げやりにされる ようになりました。
誰でも降格は、いやです。経済的なものもありますが、はるかにそれ以上に、 自分を全身で否定されたような衝撃を受けます。
不祥事を起こして降格されたということなら已むを得ません。あきらめもつきます。 しかし、上司の人事考課だけで年1回の定期異動で降格されるというのです。
社内に降格された自分がさらされます。まわりの人たちの自分を見る目線が変わ ります。そのような中でも待ったなしで遂行しなければならない仕事が目の前にあります。
ほとんど、心は床に叩きのめされながら、会社員として培(つちか)われた本能で、 戦いのように仕事に立ち向かうしかないのでした。そうしなければ会社を 去るしかありません。
突然、社内は文字通りの弱肉強食の世界になったのです。会社は地味な 毎日の仕事に真面目に取り組む人が多くいることによって成り立っているも のです。
そのような方々の誠実な勤務によって日常の業務がスムーズに動いていて、 その土台の上に、はじめて大胆な改善、改革ができるのです。
日常の業務がグチャグチャになっていては改善も改革もありません。会社の 中は、混乱の嵐の中に入ったようでした。誰もが疑心暗鬼になり、社員同士、 挨拶することも少なくなりました。
なぜ急に成果主義というものがこれほど吹荒れるのか、渦中の1人である 私には当時はよく分かりませんでした。そして、何年かして、社内はなんとか 落着きを取戻したのでした。
しかし、成果主義が社員に残した傷は深いものがありました。解消しようの 無い人間不信とも言えるものが多くの社員の心の奥底に残されたのでした。
( 当時の M日銀総裁はバブルを一気につぶした )
当時の M日銀総裁は「バブルは良くない、バブルはつぶさなければならない。」、 と急激に金融を引締めました。その結果は、日本経済を大不況にし、多くの人々 を不幸にし、20年以上経った今も日本はその負の影響を引きずっています。
当時の M日銀総裁はもちろん悪意でそのような政策を行ったわけではなく、経済 を知らなかったということです。「平成の鬼平(おにへい)」を気取っていたという ことですが、結果として「すさまじいまでの貧乏神」になったのです。
鬼平とは、時代小説で有名になった江戸時代の火付盗賊改方長官(ひつけとうぞく あらためかたちょうかん)長谷川平蔵のことです。小説では、長谷川平蔵は悪人を バッタバッタと切り倒し、その厳しさから「鬼の平蔵」、略して「鬼平」と言われた、 というのです。
経済を知らない日銀総裁は、企業で働く人にとって、あまりの災いでした。
ある程度の規模の企業は、3年から5年程度の中期計画を立てて経営してい ます。計画に基づいて設備投資や労務管理などが行われています。
そうした中で突然の急激な金融引締めです。突然の急激な金融引締めに企業は対応 できません。経営者はあわてふためいてしまいます。
そのしわよせは、企業で働いている人たちや、これから企業に入って働こうと する人たちの取り返しのつかない犠牲となって現れたのでした。リストラの嵐,降格の嵐、 新卒者の就職難の嵐、などです。
慎重に、もっと時間をかけてバブルを納めなければならなかったのです。
( M日銀総裁のバブルつぶしを乗り越える )
幸いにも、今の K日銀総裁は日本経済を成長させようとしています。今の日本政府 も日本経済を成長させようとしています。
まだ時間はかかるでしょうが、バブル崩壊による長い不況に耐えてきた多くの 日本人は誠実に働き、安定が取り戻されて、いずれバブル崩壊の負の影響が払拭(ふっしょく) される日がやってきます。
(了)