熟練の日本語
テレビで政治家の方(かた)の話を聞いていると、「キチッと」という副詞の 言葉がよく出てきます。与党の方も野党の方も使います。色々なことを 聞かれて、政治家の方が返答をする話の中に「キチッと」という言葉が 入ると、今、問題になっていることにこの政治家の方が「しっかりと 対応する」という印象を視聴者に与えます。
しかし、お答えになっている政治家の方も心の中では「大丈夫かなあ」 と思っていることもありそうです。記者の方に質問されたときに、心の 中に不安はあっても、とりあえず、「キチッと」という言葉でかわすの だと思います。
( 「一概には」というかわす言葉を上手に使う )
私が勤めた会社にも、かわす言葉を上手に使う管理職の方がおられま した。その方の得意の語は「一概には」でした。仕事の話で白熱した 提案をされたりすると「一概には言えない。」と言葉を返すのでした。
確かに、会社の中での話は、自然科学の話ではありませんので、ああ も言えるし、こうも言える、というものが多いものです。色々、考えて、 こうだなということで腹を決めて勢い込んで自分の意見を提案した方は、 「一概には言えない。」と返されると力が削がれてしまうのでした。 巧みな言葉使いです。相撲で言えば、「いなし」です。タイミング的に 絶妙に使われると「出し投げ」のようにきれいに決まります。
政治家の方がよく使う「キチッと」も、私が勤めた会社の方の「一概 には」も品詞は副詞です。熟練の日本語とも言える上手な言葉使いの方は 副詞の使い方が上手なのです。名詞や動詞は誰でも使えます。私も使えま す。しかし、副詞はそうはいきません。私も「一概には」を真似して使い たいと思っていましたが、うまく使えるようにはなりませんでした。
やはり自分の内部から自然に出てくる言葉でなければ力にならないので す。あるいは、他の方の言葉を、いいなあ、と思って真似る時は、十分に 消化して自分の言葉にしていなければなりません。
( 「話し方なんだよ」を返し言葉として使う )
副詞ではありませんが、ある方は「話し方なんだよ」を返し言葉として よく使うのでした。人を説得することが必要な仕事で、良くない報告が あったときに使うのです。そして、「同じことを言っても話し方で相手の 受取り方は違うんだよ。」と続けるのでした。つまり「あなたの話し方が いけないんじゃないの」という攻めの言葉になるわけです。
自分が話す言葉に100パーセント自信を持っている方はいません。何が しか、自信を持てない部分があります。日本語の世界に生まれ育っても、 日本語を話す能力に100パーセント自信を持つことはできません。100 パーセントの自信を求めて、一生、練習が続くといっていいでしょう。 従って、「同じことを言っても話し方で相手の受取り方は違うんだよ。」と 言われると、恐れ入るしかない部分があるのでした。
( 専門用語を巧みに使う )
専門用語を巧みに使う方もおられました。売上代金の回収を担当している 方でしたが、話の中に「期限の利益」という言葉を使うのでした。「期限の 利益」とは、例えば代金を支払わなければならない人も支払い約束の期日ま では払わなくて良いという民法上の用語です。その方は、代金を支払わなけ ればならない人と電話で話をする中で、「そのようなことを言うと期限の利益 を失うよ。」と言うのですが、「期限の利益」という語をひときわ大きな声 で言うのでした。
つまり、まわりの同僚や上司に自分は専門用語を知っていますよ、とアピ ールするわけです。確かに、会社員は日頃、自分の能力をさりげなくアピール することが大切です。専門用語は理解されずに誤解されたりするリスクがあり ますが、うまく使えば自分をアピールすることができるわけです。
政治家は言葉の職業と言われますが、会社員も言葉が重要な職業です。自分 に合った副詞や専門用語などを自然に、かつ巧みに使うことができるようになる と、会社員として生きる上での大きな武器になります。
(了)