(2021/1/1)

特に好きな事が無い人の生き方について

定年退職して10年が経って、最近、「職業に対する適性」あるいは 「自分の好きなこと」ということを考えることがあります。と言いま すのは、ホームページや最近流行のユウチューブを見ていますと、 早期退職した人や定年退職した人が「好きなことを仕事にするのが 一番だね。せめて定年退職後は好きなことをやって思い残すことが 無いようにするのが大事だよ」とよく言っているからです。

そのような方達は、早期退職して好きなことで起業して成功していたり、 あるいは定年退職してキャンピングカーを買って一年中大好きな車旅行 をして暮らしているというのです。

彼らと比較して、私には「やらずにはいられないような好きな事」が 無いのです。自分はだめな男だと思ってしまいます。

しかし、よく考えてみると、子供の時から絵が好きで絵を描き続けて 画家になった人や、歌が好きで歌い続けて歌手になった人や、 野球が好きでプロ野球選手になった人は、国民全体から見たら本当に 少数です。ごく少数の彼等はいわゆる天才です。天才はほんの少し しかいません。

そして、上述の、早期退職して好きなことで起業して成功していたり、 あるいは定年退職してキャンピングカーを買って一年中大好きな車旅行 をして暮らしているという人たちは、天才の次の人たちです。准天才 ともいえる人たちです。天才ほどではありませんが、やはり少数派で しょう。

( 大多数の人は特に好きなことはないと思う)

ほとんど大多数の人は、特に好きなこともなく、学校を卒業したら 会社などに入って配属された部署で一生懸命に仕事をして、担当した 仕事をある程度できるようになって定年退職するという人生だと思 うのです。

そして、定年退職後も、特にこれをやりたいというような好きなことも ないのです。私は、このような大多数の一人なのです。私の場合は、 会計を中心とした会社の事務を何とか一通りできるようになって、 定年退職になったのでした。

そして、定年退職後も生活のためもあってパートのような時間給の 仕事をいくつかやってきました。どうしてもやりたいという好きな 趣味もありません。

こうして、サイトに文章を書いているのも、好きだからというよりも、 会社でパソコンを使って仕事の文書を書かなければならなったり、 会社の仕事のためにインターネットの勉強をしなければならな かったりということで、仕事で何とか使えるようになったパソコン を生かして自分の経験を書き残したいと思って努力しているのです。

( 会社に入って働くことの意味について)

今から振返りますと、大多数の一人である私のような人間は、会社に 入らなければ、毎日がその日暮らしで定年の年齢になっても何も できないまま終わったと思います。

そう考えますと、会社に入ったことは、私のような人間にとっては 大きな意味があったのです。上述のような天才には、本やテレビの 中でしか会ったことがありません。会社の中では会ったことはあり ません。

会社の中でよく出会った人の中で、ある意味、生き生きとしていた のは他人(ひと)と競(せ)り合うことが好きな人でした。その ような人たちは、他人と競り合うことに異様な快感を覚えるようで した。そして、その快感が会社生活を楽しくし、その楽しさが 仕事に反映して他人よりも早く出世していくのでした。

しかし、他人と競り合うことが好きというのは、上述の天才の ような「生まれつき何かを好き」というのとは別のことのような気 がします。つまり天才ではないのです。

そして、他人と競り合うことが異様に好きな人の中には、40代 ぐらいの若さで急に亡くなってしまう方(かた)がいました。競り 合うことに夢中になっている内に、自分でも気がつかない内に疲労が 溜まってしまい、心身が壊れてしまうのかもしれません。

学校の卒業を控えて就職に向かって進路を決めなければならない 子供に、最近の親は「お前の好きな仕事をすればいいのだよ」という ことが多いそうです。親にそう言われたほとんどの子供はとても困る そうです。自分がどんな仕事が好きなのか分からないからです。

私自身は就職に当たって親から何も言われませんでした。農家でし たので、家を出て生きていかねばならない人の仕事に想像が働かな かったのだと思います

そうなのです、ほとんどの大多数の人は自分が何が好きなのか、分か らないのが普通なのです。本を書いて出版するような人や、早期退職 して起業し成功するような人は、やはり普通の人ではありません。

そのような人の話は参考になる点は多くありますが、あくまで参考で あり、普通の人がそういう人たちのように生きられるわけではありま せん。

( 平凡な人間は自分の生き方を自分で探す)

私のような普通の人間は、平凡な人間だからこそ、迷いながら自分の 生き方は自分で探しながら生きるしかないのだと最近しみじみと 考えているところです。少しカッコをつけて言えば、長く生きて 自分なりに「悟った」ということです。

普通の人は、定年後は現役時代の経験や勉強をできるだけ生かして 生きていくしかありません。定年後、私は、失業手当を貰って生活し ながら、次の仕事を探しました。しかし、リーマンショック直後の 大不況の時代だったこともあり、求人が少ない上に、どの仕事も 収入が想像以上に少ないのでした。

失業手当が終わってからは、マンション管理人になって働きました。 当時、私は東京に近い首都圏のマンションンに住んでいて、身近に 管理人の仕事を見ていました。しかし、私が始めた東京のマンション管理人 の仕事は、私が見ていた管理人の仕事とは、仕事の内容、居住者との 関係など、まるで違っていました。同じマンション管理人といっても、 東京と東京ではない首都圏では全然違う世界でした。

例えば、ゴミ処理ですが、私が住んでいたマンションでは居住者が市役所に 決められた曜日に自分のゴミを回収場所に出していました。そして、 ゴミ回収車が回収して行ったら、少し散らばったゴミを管理人が軽く 掃除するのでした。

ところが、東京のマンションは違うのです。マンションにはゴミ庫があって、 居住者は、ゴミ回収日に関係無く、いつでも自分のゴミをゴミ庫に出すのです。 そして、区役所が指定した回収日に、管理人は少し離れたゴミ回収場所に ゴミを運ぶのでした。正月明けには、ゴミ庫は居住者が出したゴミで一杯に なっていて、ゴミの圧力で入口の扉を開けるのに苦労するほどでした。

そして、正月明けの大量のゴミをゴミ回収場所に運んだ後は、しばらくの間、 腰痛に苦しむのでした。朝、顔を洗おうと洗面所で体を前に倒すと腰に痛みが 走るほどでした。

その後、シルバー人材センターに登録して、いくつかの仕事を経験して 現在に至っています。定年後の仕事の具体的な細かな経験は、また別の機会に 書いてみたいと思います。

(了)