現代の会社員は厳しさを増す世界を生きる
私は学校でゼミナールの授業を受けたことがありました。ゼミナール の Y先生のご専門は「社会主義経済論」の研究でした。1960年代後半 のことです
そのゼミナールは 2年間が予定されている授業でしたが、私は先生の 考えに違和感を感じて 1年でやめたのでした。しかし、若かった私は、 その違和感がどこから来るのか、明確には認識できないのでした。
そして、学校を終えて会社員として働いていたとき、ある書店で Y先生 が新しく出版なされた本を見かけたのでした。私が 40歳ぐらいの頃でし た。
上記のように、違和感から1年でやめたゼミナールの先生でしたが、 学校を後にして20年近くも経っているため、学校時代への懐かしさ から買って帰り、読んだのでした。
そして、私は Y先生に感じた違和感の理由が分かったのでした。Y先生は 、学校を終えられて当時、有名だった満鉄調査部に勤められたのです。
そして、日本がアメリカとの戦争に負けて満鉄調査部が無くなってしま うと、満鉄調査部時代の経験を生かして私が学んだ学校の教員となったの でした。
Y先生は新しく出版なされた本の「あとがき」に先生の最終講義の要旨を 載せていました。Y先生はその本を出版したとき、既に定年退職されてい たのです。
その最終講義の要旨によると、Y先生は 1960年代に起きた文化大革命 を「毛沢東による継続革命論の具体的実践として受けとり〜中略〜新しい 大衆的な直接民主主義の実体が生まれつつある」と肯定的に受けとめたと いうのです。
しかし、その後、1976年に起きた天安門事件を見て、文化大革命に 関するご自分の認識が幻想であることに気づき、それまでの考えを改める にいたったというのです。
そして、天安門事件以前は、毛沢東の考えと毛沢東の起こした文化大革命 に共感して論文を書き講義をして来たのですが、天安門事件を見た後は、 考えを180度変え、毛沢東の考えと毛沢東の起こした文化大革命は誤り であり、周恩来などの経済改革路線こそが正しいのだ、という観点から 論文を書き講義をするようになった、というのです。
そして、学校を定年退職するに当たっての最終講義で自分が毛沢東の 考えと毛沢東の起こした文化大革命について急角度に自分の考えを変えた 理由をご説明するのでした。
( Y先生の研究は外国語を読んで和訳し、感想を加えることだった )
このご説明を読みますと、Y先生のご研究というのは、要するに外国で 出される新聞や論文を読んで、それを日本語に訳して繋(つな)ぎ合わせ てご自分の感想を加え、論文にしたり講義をすることなのでした。
従って、外国で出される新聞や論文の論調が急角度で変われば、当然、 Y先生の論文や講義も急角度で変わるのでした。単に、それだけのことで した。学校で学んでいた私が感じた違和感は、このような Y先生のご研究 への姿勢なのでした。
私は草深い地方から出て来て20歳になったばかりでしたが、さすがに、 このような Y先生のご研究への姿勢は学問の名に値(あたい)しないなと、 何となくではありますが感じたのです。
そして、学校を出てから20年近く厳しい実社会で会社員として働いて きた私は、偶然に Y先生の最終講義の要旨を読んで学校時代に Y先生に 感じた違和感の理由は、学問の名に値しない Y先生のご研究への姿勢 だったのだと明確に認識できたのでした。
Y先生のゼミナールを 1年でやめたのは正解なのでした。Y先生は、 「少なからぬ研究者が毛沢東の考えと毛沢東の起こした文化大革命に 共感し、表明したのだ」、と言われます。つまり、自分だけではない、 というわけです。
( 鋭く真実を見抜いた研究者がいた )
しかし、天安門事件を見る以前に、文化大革命の真実を鋭く見通して いた研究者がおられました。私は、50歳の頃、次の本を読んだのです。
中国 ー 歴史・社会・国際関係 1982年5月25日初版 1996年10月30日19版 著者 中嶋嶺雄 中公新書
この本の中に次のように書いてあります。「要するに文化大革命の本質は 「階級闘争」という名のもとでの党内闘争であることはあきらかであり、 中国共産党に生起した、深刻かつ未曾有の党内闘争を、あらゆる論理と 強権を用いて、毛沢東の勝利に帰そうとした政治過程こそ文化大革命で あったといわねばならない。」6頁
そして、著者はこの言葉をご自分の旧著(「現代中国と国際関係」 日能教養新書 一九七三年 )から引用しているのです。即ち、著者は 天安門事件の3年も前に「文化大革命の本質は階級闘争という名のもと での党内闘争である」という認識を本にして出版していたのでした。
ありのままに鋭く、物事の真実を見抜いています。しかしながら、 著者のこの正確な認識は当時の日本ではあまり受け入れられなかったよ うに思われます。
それは、上記の「現代中国と国際関係」が、少し大きな本屋に行くと 昔から大量に並んでいる有名な I書店の新書ではなく、あまり聞かない 日能教養新書 から出版されていることから分かります。
世の中の風潮はあまり当てにできないこともあるものです。ところで、 Y先生のナマクラとしか言いようのない知力と中嶋嶺雄の鋭い切れ味の 知力の違いは、一体どこから来るのでしょうか。
大学と大学院の違いはありますが、お二人とも日本で入学が最も難しいと 言われる T大で教育を受けています。お二人の知力の違いは、受けた教育 や本人の努力でどうにかなるものではないようです。
つまり、ものごとの真実というものは、見える人には見えるが、見えない 人にはどうしても見えないものだという冷酷な現実があるのです。
( 会社員はアンテナを張って生きる )
グローバル化ということで日本の企業は外国の企業との取引が増えてきて います。そして今後、ますます増えていくのです。外国は、政治、経済、 文化、慣習、など色々な面で日本と異なります。
私は定年前の会社員時代、ランチの後の雑談で「外国には選挙が無い国も あるんだよ。」と言ったところ、「どこの国にも選挙ぐらいありますよ。」 と強い調子で反論されて驚いた経験があります。
ちょうど、私の勤める会社の中で外国への事業拡大が話題になっていた頃 でした。日本を取り巻く環境は激変し、グローバル化の時代になりました。 多くの産業で国内市場が成熟化し、市場が満杯になって来ました。
そのため、多くの企業が否応(いやおう)なく国外に事業拡大しています。 そして、「外国への売上が増えた。」と喜んでいる内に、その売掛金の回収 ができなくなって倒産してしまった北陸地方の上場企業があります。間の抜け た話です。
かと思うと、外国の会社に頼まれて会社業務の仕事でその国に出張して仕事 をしていたのに、理由がよく分からないまま現地で拘束されて自由を奪われ てしまった会社員がいます。首都圏の会社の話ですが、危ないことです。
このように以前よりずっと厳しいグローバルな環境を生きなければならない 現代の会社員はいつもアンテナを張り、真実を見通す知力のある方(かた) の話を聞いたり、直接話を聞くことができない場合は、その方の書いた本を 読んで考えることが非常に大切な時代です。
そのような普段の心がけ、勉強が、自分の務める会社を守り、そして、 ご自分を守ることにつながります。
![]() | 中古価格 |
