(2017/8/1)

国会中継と新聞報道について

この夏、7/10(月)、私はテレビで国会中継を見ていました。その 日の国会では、ある大学の獣医学部の新設の問題が議論されていました。 新設の場所は愛媛県今治市(いまばりし)です。国会ですので色々な 方(かた)が発言しますが、その中で参考人として呼ばれた前愛媛県知事 の話が目立っていました。

前愛媛県知事は 「1.鳥インフルエンザなどの対策に公務員獣医師が 必要なのだが不足していること、2.西日本には大学獣医学部が少ない こと、四国には1校もない、全国的に見てもこの50年間、獣医学部が 全く新設されていない、 3.10年以上前から大学獣医学部新設を 目指して活動してきたが、頼りにした東京の大学はどこも相手にしてくれ なかった。そのような中でただ1校、岡山の大学が話を聞いてくれて、 やっと大学獣医学部が新設できそうなところまで来た」、などと話すので した。

これに対し、文部科学省の前事務次官は 「獣医学部の新設は不要である」、 と前愛媛県知事に反論するのでした。文部科学省は大学獣医学部新設の 許認可権を持っています。

文部科学省の前事務次官は 「文部科学省の大学獣医学部新設に関する 許認可権に対し政治が口を出した。これは良くない。」、と言うのです。そして、 文部科学省のパソコンの中にあったという文書をプリントしたものを 政治が口を出した証拠として上げるのです。

パソコンが普及してからは、仕事の文書はほとんどすべてパソコンで 作られるようになったため無個性になり誰が作った文書なのかは分からない のでした。

( パソコンが普及する以前、文書は基本的には手書きだった )

私の経験ですが、パソコンが普及する1990年代後半までは、会社の文書 は基本的には手書きでした。私は字が下手だったので上司に怒られて苦労 したものです。新入社員時代は、半ば(なかば)強制的に会社の書道部に入れ られました。

その頃、私が新入社員として入社した会社では、社外に出す決算書や 契約書のような重要な文書は、専任の方(かた)が機械を使って活字を拾い ながら、きれいに清書作成していました。そのような仕事をする専任の方が 3人もおられたのです。

パソコンが普及して活字を拾う仕事も無くなり便利になりましたが、 パソコンで作られた文書は、重要な文書と重要で無い文書との区別も無く なって、署名が無ければ誰が作ったのかも分かりません。手書きの時代と パソコンの時代では、会社や役所で作られる文書の性質が大きく変わった のだということを私は深く認識させられました。

組織の中では、時には、すさまじいまでの権力闘争が起きます。誰が 作ったのか分からないパソコン文書が会社や役所内の権力闘争に使われる 時代になったのかもしれません。

( 二人の議論は平行線を辿(たど)って終わった )

話が戻りますが、現在は国会でもパソコンで作成されて署名も無いため 誰が作ったのか分からない文書を証拠にして文部科学省の前事務次官は 「行政が歪(ゆがめ)められた」と主張し、前愛媛県知事は自分の 県知事時代の仕事を語って、「行政が正(ただ)されたのです」と主張 します。

発言の根拠が全く異なるので、お互いの主張は最後まで接点を持たないまま 平行線を辿って終わりました。

私は定年前は、土日祝日以外は出社して1日中仕事で忙しくて、当然 ですが、ウイークデイにこのような国会中継をテレビで見るような時間 はないのでした。会社を定年になって時間が余(あま)るようになって 国会中継をテレビで長時間見ていることができるわけです。

ところが、後日、インターネットを見ていたところ 「7/10(月)の 国会中継における前愛媛県知事の大学獣医学部新設に関する発言が、 翌日 7/11(火)の A 新聞の一面には全く書かれていない」、というのです。

私は 「まさか、そんなことはあるまい、前愛媛県知事はあんなに長い 時間、話していたのに」、と思いました。

A 新聞は三大新聞の1つです。実は私は定年になって引越したのを 機に新聞を取るのをやめました。会社に勤めている間は、朝、出勤前に ザッと新聞に目を通して出勤しました。そうしませんと上司等から 「新聞も読んでいないのか」、と批判されることがあるからです。

しかし、定年になって、そのような批判を受ける心配も無くなって新聞 を取るのをやめたのでした。定年後の年金生活は節約生活になります。

( A紙、M紙の一面には前愛媛県知事の発言は無いのだった )

私は、自分で新聞を確認してみようと、近所の公共図書館に行って 7/11(火)の A 新聞を見せてもらいました。信じがたいことに、一面 には前愛媛県知事の発言は本当に一つも無いのです。一方(いっぽう)、 文部科学省の前事務次官の発言は一面にいくつも出ています。

まるで、狐(きつね)に化かされた感じです。私が生まれ育った草深い 地方では、山で狐に化(ば)かされたという体験が話されるのでした。 深い山には狐もいますし、話している本人が心から真剣に話しているので、 聞く方(ほう)も 「そのようなこともあろうか」、と思うのでした。

そして、A 新聞をめくっていくと三面にやっと前愛媛県知事の発言が出て 来ました。

それでは、三大新聞の他の二紙はどうかなと思って見てみました。なんと M 新聞の一面にも、国会中継で聞いた前愛媛県知事の大学獣医学部新設 に関する発言が全く書かれていないのです。一方こちらも、文部科学省の 前事務次官の発言は一面にいくつも出ています。

再び、狐に化かされた感じです。M 新聞をめくっていくと九面にやっと 前愛媛県知事の発言が出てくるのです。

最後に Y 新聞を見たところ、Y 新聞には一面に前愛媛県知事の大学 獣医学部新設に関する発言が出ていました。Y 新聞をめくっていくと、 三面、十面、三十七面にも出ていました。しかしながら、文部科学省 の前事務次官の発言は Y 新聞の一面にも前愛媛県知事の発言よりも 多い感じでいくつも出ています。

それでも、Y 新聞には一面に前愛媛県知事の大学獣医学部新設に関する 発言が出ていたので、ヤレヤレ、と何だか少し ホッとしました。私は テレビで幻(まぼろし)を見ていたわけではないのでした。しかし、どうして このようなことが起こるのかは分かりません。

定年になって時間が余るようになると、近所の公共図書館で、このような 真夏の怪談話のような世の中の不思議な出来事を知るのでした。

(会社員は実際の状況と異なる記事を読んでいることがある )

会社員の方は、国会中継のテレビをライブで見ることはできません。 もちろん定年前の私もできませんでした。毎日、忙しく会社で働き、 新聞で国会の発言のやりとりを読むしかない会社員の方は、実際の 状況とは随分と異なる話を新聞で読んでいることがあるのだなと、 この夏は複雑な気持ちになったのでした。

(了)