(2017/5/1)

会社員は若い青年時代に心を鍛える

若い時、体を鍛えるということは多くの人が体験しています。私も 学校の体育の時間に運動を教わりました。それから、放課後には毎日、 運動系の部活をして体を鍛えました。

一方、学校で、心を鍛える、という時間はありませんでした。その ため、会社員は自分で若い青年時代に心を鍛えておくということが 大切です。

会社員は、長い会社生活の中で厳しい局面に置かれることがあります。 その厳しい局面を乗り越えていくには、心が鍛えられていなければなり ません。

( ストア哲学で心を鍛える )

しかし、問題はどのようにして心を鍛えるか、ということです。私が、 辛(つら)いことの多い会社員生活を続けている中で出会ったのは、 ストア哲学者、エピクテトスの「提要」でした。ストア哲学は、 ストイック(stoic)という日本語でも使われる言葉の語源です。

私は、スイスの法律家、カール・ヒルティの著作集の中で、 エピクテトスの「提要」を読んだのです。カール・ヒルティは敬虔で 熱心なキリスト教徒ですが、キリスト教のような宗教の理解にはある 程度の人生経験が必要であるため、まだ若い青年が心を鍛えて優れた 人格を養うためにはキリスト教よりストア哲学の方(ほう)が良いと 考えてエピクテトスの「提要」の原典を訳出し、註をつけたのでした。

私たちは、哲学というと難しい用語が沢山出てきて、そして、分厚い本 をイメージします。しかし、エピクテトスの「提要」には、難しい用語は 1つも出てきません。例えば、最初の書き出しのところは次のような文章 で始まります。

「ある物事にはわれわれの力が及び、他の物事にはわれわれの力は及ばない。 われわれの力がおよぶものは、判断、努力、欲望、嫌悪など、一語で言えば、 われわれの意思の所産である一切である。われわれの力が及ばないものは、 われわれの身体、財産、名誉、官職など、われわれの作為でないところの 一切である。〜 略 〜 」ヒルティ著作集T幸福論 1 1978年9月5日再版第1刷発行  訳者 氷上英廣 白水社 41頁。

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このように、難しい用語もなく日常の平易な言葉で書かれていくのです。 そして、全体は小冊子のように短いのです。ヒルティの註を含めても全体で 58頁です。

ヒルティが若い青年にエピクテトスの「提要」を強く薦めるのは、 1.体系的であること、2.簡潔であること、3. 実践的であること、 などが、その理由です。そして、これらのことが、まだ若い青年が心を鍛え て人格を養うのに極めて有効であると考えるのです。

西洋の良き時代には、ストア哲学は学校教育において古典教育として、 とても重視されていました。そして、今も、目立たないけれども欧米の世界 ではストア哲学の精神が強く流れ続けています。

現在のアメリカの国防長官、ジェームズ・マティス(James Mattis)は、 マルクス・アウレリウスの「自省録(じせいろく)」を愛読書としてあげて います。マルクス・アウレリウスもストア哲学者として有名であり、 私たちが学校で習う世界史の教科書にローマ帝国の皇帝として出てくるので 名前を知っている方(かた)も多いと思います。

こうして、現代においても、ストア哲学は欧米人の知性と人格を形作る 重要な教養となっているのです。

( 若い青年にはエピクテトス「提要」が向いている )

そして、ヒルティは、エピクテトスの「提要」とマルクス・アウレリウスの 「自省録」を比較して、若い青年に対しては、エピクテトスの「提要」を 薦めます。

その理由は、エピクテトスの「提要」は上記のように、体系的、簡潔、 実践的であり、従って、若い青年が心を鍛えて優れた人格を養うためのテキストと して、とても向いているというのです。

これに対し、マルクス・アウレリウスの「自省録」は、本来は読書と思索 の静かな生活を好んだマルクス・アウレリウスが運命によってローマ帝国の 皇帝となって、戦いの多い忙しい仕事の合間に書いた断片録です。

読みますと、その深い思索に極めて強い感銘を与えられる本ですが、何と いってもローマ皇帝の多忙な日々の仕事の合間に書かれた マルクス・アウレリウス本人の自戒のためのものであり、体系性を欠いて いるため、若い青年がその心を鍛えるのに向いている本というわけには いかないのです。

( 会社員はどのコースを進んでも厳しい局面に出会うことがある )

学校を終えて、企業に入り会社員として働き始めた人には将来に向かって いくつかのコースがあると思います。1.定年までその会社で働き続ける、 2. 途中で他の会社に転職する、3. 会社を退職して起業する、などが考え られます。

どのコースを進むにしても厳しい局面に出会うことがあると思います。また、 定年までその会社で働き続けようと考えていても、経済の変化の中で会社の 経営が傾いたり、あるいは業務の効率化によって自主退職に追い込まれる こともあります。

厳しい局面に追い詰められても、心を乱さずに、その苦しい局面を冷静に 打開していける心の強さを若い青年時代に養っていたいものです。

ストア哲学は、若い青年の心を鍛えて、強い優れた人格を作り上げるの に多くの実例、実績があります。何といっても、良き時代の西洋の古典教育の テキストです。私はそのような人格になれたという自信はとても持てませんが、 それでも、会社生活の苦しい局面を乗り切るのに、エピクテトスの「提要」 から教わったストア哲学に随分と助けられたのでした。

心を鍛える、ということは、現代日本の学校教育には全く完全に抜け落ちて いる部分です。そのため、会社員は若い青年時代にエピクテトスの「提要」 によって、自分で、そして自力で心を鍛えて、会社生活で出会う色々な苦難を 冷静に乗り越えていくことのできる強くて優れた人格を作り上げていたいもの です。

なお、この本は現在、岩波文庫から「幸福論(第1部)ヒルティ著  草間平作訳」として出版されていて、とても入手しやすくなっています。

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(了)