借上げ社宅という住まい(3止)

(前頁より続く)

前回は、築1年の家を地元の不動産屋さんに売却を頼んで、新しい 勤務地に赴任した話を書きました。新しい勤務地の借上げ社宅担当者 は、いい物件を見つけておいたから案内するというのです。

そこは2階建ての貸家でした。居間と台所をガラス戸が仕切っていま した。そのガラスが何枚か割れていて、割れたガラスの尖(とが) った先端が危険でした。契約が決まったら、当然、大家さんが修繕 するものと思いました。

しかし、念のため「この割れているガラスの修理はいつになりますか。」 と大家さんに聞いてみました。ところが、大家は修理しないというの です。私は驚いて「危険ですよ。」と言いました。

そうしたところ、大家は借上げ社宅担当者に向かって怒った声で「何 も修理しないでこのままで良い、と言ったよね。」と言ったのです。 借上げ社宅担当者は苦笑いのような笑いを顔に浮かべました。私はあき れてしまいました。

この借上げ社宅担当者は一部上場企業の係長なのです。私より10歳ぐ らい年上の方(かた)でしたが、一体、何を考えているんだろうと思い ました。

割れて危険なガラス戸も問題ですが、この貸家はもう1つ問題がありま した。2階に上る階段の左側に転落防止の手すりが無いのです。階段の 左側が空間に向かって、むきだしなのでした。人が足を滑らしたり、 ふらついたりしたら、階段からそのまま人が床に落ちてしまうのです。

( とても人が住めない借上げ社宅を断る )

私は借上げ社宅担当者に「この貸家にはとても住めません。」と断りま した。ところが、実は借上げ社宅担当者は愚かにも、こんな物件を既に 正式契約して権利金などを支払済みなのでした。解約すれば、当然、 解約金を取られます。

しかし、とても人が住める家ではありませんので、私はキッパリ断りま した。私は、この借上げ社宅担当者の上司の課長に呼ばれました。私は、 その課長に物件の状況を説明して「とても人が住める家ではありません。」 と言いました。

その課長は私を睨(にら)み付けて「君は会社に迷惑をかけたな。」と 言うのでした。しかし、私も、もう大人(おとな)しい新入社員ではあり ません。私は絶対に自分の考えを譲りませんでした。

結局、私は取りあえず駅前旅館の階段下の狭い物置部屋に住み込んで 借上げ社宅を探し直すことになりました。そして、建築中のアパートが見 つかって、1ヵ月後に完成したそのアパートに住んだのです。

後(あと)で知ったのですが、この支店では、課長のような管理職に なっても梅雨時(つゆどき)になると台所にナメクジが何匹も出るような 不衛生な汚い貸家を借上げ社宅にして住んでいるのでした。

私が勤務していたこの会社は、歴史のある、しっかりした東証一部上場 の黒字経営の会社で経営には特に問題も無いのでした。借上げ社宅全体 の水準をもう少し引き上げることは十分可能でした。赤字経営の会社で したらやむを得ませんが、営業部門にはムダな浪費ではないかと思われ る支出も結構見受けられるのです。

いくらなんでも、課長のような管理職になっても、上記のような物件に 住んでいるのは余りにもバランスが悪過ぎでした。

結局、社員同士が皆で足を引っ張り合って、皆で不衛生な汚い安い家賃 の貸家を借上げ社宅にして住んでいるのでした。誰がいけないというよ りも、会社の長い歴史の中で形作られた社風というか、根強い慣習のよ うなもので、改善はなかなか困難なことだと思われました。

「皆で足を引っ張り合って、」という、この辺(あた)りが、実は われわれ日本人の弱点だと思うのです。日本の発展のために、この弱点を 克服していかなければなりません。

( 会社を退職して、転職する )

私は、その支店に2年間勤務して、結局その会社を退職しました。 そして、東京に戻って転職したのです。会社員ですから退職の理由はもちろん 仕事のことが1番でした。しかし、定年まで転勤の都度、借上げ社宅担当者 と不毛のゴタゴタしたトラブルを繰り返しながら、質の悪い借上げ社宅 を転々とする生活にすっかり嫌気がさしたのも確かに理由の1つでした。

こうして、私の借上げ社宅住まいという生活が終わったのです。私は、 30代後半になっていました。転勤による引越し生活は、会社員本人は もちろんですが、会社員の家族にも大きな負担がかかります。できれば 社員同士が助け合って、少しでも良い借上げ社宅の環境になっていって 欲しいものです。

地方支店で退職してから上京して転職するのですから、住む家を見つける のも新しい会社を見つけるのも、両方とも、とても苦労しました。できること なら、もっと安全な転職の仕方をした方(ほう)が良いわけです。しかし、 1980年代の当時はインターネットも無く、遠隔地からは情報を取りにくい時代 でしたので、やむを得ないのでした。

現在はインターネットが普及して、転職の情報をはじめとして、色々な 情報が取りやすくなって、その点は本当に良い時代になりました。

なお、前任地で建てて、築1年で売りに出した私の家は数ヵ月後に売れ ました。ある程度の差損が出ましたが,それはやむを得ないことでした。 その家を私から買った人が築1年のまだ新しい家に気持ちよく住んでくれ たでしょうから、それで良かったのだと思っています。長く生きてきましたが、 私に関(かか)わる人が幸せになると、実は私にも幸せが回ってくるのだと 最近つくづく思うからです。

(了)