会社の定期健康診断について
会社に勤めていますと、定期健康診断があります。思い出してみますと、 健康診断の項目は徐々に増えるのでした。理由は二つありました。
一つ目は年齢が高くなることで増えました。40歳頃になりますと、 バリュームを飲んでの胃腸検診が増えました。バリュームとは何だろうと 思いました。「重金属です。便秘になったりしますが下剤を出しますから 大丈夫です。」と言われました。
25年以上前のことですので、誰に言われたのか、忘れました。また、 その説明が正しいことなのか、正しくないことなのか、分かりませんでした。
しかし、重金属という言葉を聞いて、私には感覚的にとても飲むことができま せんでした。だから、私はバリュームというものを 1度も飲んだことがあり ません。
バリュームを飲んでの胃腸検診をやった方(かた)は便秘に苦しんでおられる 方もいました。しかし、その方は、毎年、バリュームを飲んで いました。こうしたことは、気にならない方もおられるのでした。
今は、インターネットですぐ調べられますので「バリューム」と検索して読ん でみましたが、読んでも私にはよく分かりません。
それから、いつ頃だったでしょうか、直腸診という項目が加わりました。 直腸診はお医者さんが肛門から指を入れて病気の有無を診るということでした。 大変痛いのでした。「イタタ、、」と言うと、お医者さんが「痔があるな。」 と言いました。
終わると、看護婦さんが私を見て、笑いを必死に堪(こら)えていました。 直腸診は最初の 1度で、痛いのと看護婦さんが笑いを必死に堪(こら)える 表情に私は、とても懲(こ)りてしまい、それからはやりませんでした。
健康診断の項目が増える二つ目の理由は検診(医学)の発達でした。いつの 頃からか、血液検査が加わりました。血液を検査すると病気のことが何でも 分かるようになったということでした。
( 増えていく検診の項目について考える )
こうして、加齢と検診の発達によって、徐々に検診の項目が増えていくので した。私は考えました。加齢によって当然、私の体は弱っていきます。若い 時なら、何でもない検診も、歳(とし)を取ってくると体にこたえるのでは ないだろうか、と考えました。
それで、中高年と言われる歳になった頃から、健康診断は 毎年ではなく 少し間隔を置くようにしました。そして、特に問題も起きずに、私は健康で 仕事をすることができました。
会社員は、文字通り 「体が資本です」。体を壊して病気になれば仕事が できなくなります。自分も辛(つら)いし、会社で一緒に働いている方達にも 迷惑をかけてしまいます。私は、幸い、そのような状況になることはありま せんでした。
( 定期健康診断で糖尿病ですと知らされる )
ところで、私は40代半(なか)ばに会社の定期健康診断で糖尿病ですと言わ れました。これはいかんと思い、生活を節制しました。そして、ありがたくも 親が心配して、実家の周(まわ)りに生えているというカキネゴシという草を 乾燥させて送ってきてくれました。
「この草をお茶のようにして飲みなさい」、というのです。それで、1日おき ぐらいに、この草のお茶を飲んでいたところ、翌年の定期健康診断では糖尿病 ではなくなりました。
知らないうちに糖尿病になっていたりした時は、会社の定期健康診断は本当に ありがたいものです。糖尿病ですと知らせていただいて本当に助かりました。 生活を節制するキッカケになります。そして、幸いに健康な体で定年を迎える ことができました。
定年後 8年が経った現在、体のあちこちが衰えてきたなと感じます。 しかし、私は今も年齢なりには健康で、午前中だけですが、毎日、高齢者向けの 作業仕事をしてお金を稼いでいます。
定年になったとき、定年前にやっていた会計事務の仕事を探したのですが、 いくら探しても高齢者には会計事務のような仕事は見つからないのでした。 それで、体を使っての高齢者向けの作業仕事をしているのです。働くためには、 歳をとるほど体の健康が大切です。
( 健康診断は時代の流れの中で変わってきた )
健康診断も時代の流れの中で変わっていきます。私が、小中学生だった 1950〜60年代は学校で行われた結核予防のツベルクリン検査などは 注射針を取り替えずにアルコールを含ませた脱脂綿で消毒するだけで、校医の 先生は 1本の注射針を使い続けるのでした。
1人の生徒が感染する病気を持っていた場合、その生徒以降の生徒は感染の 危険にさらされるのでした。しかし、その頃の時代は、日本がアメリカとの 戦争に負けて日本経済が壊滅してから、まだ日が浅く、日本が今からは想像 もできないほど貧しかったので、それが非常識と考えられなかったのです。
注射針がもったいないということが、小中学生が感染症になるリスクを考える ことよりも優先したのです。今とは違い、小中学生は教室にあふれかえってい ました。少子化に苦しむ現在とは真逆の世界です。
教科書には、「日本は若い世代の人口過大が問題であり、外国への移民を 積極的に進めなければならない。」、と記述されていたことを覚えています。 いつの時代にも学校の教科書には、聞こえの良い大学の先生の名前で、いい 加減なことも随分と書かれているものです。
その頃は、小中学生は多すぎるということで粗末に扱われていました。 注射針がそれほど貴重ならば、感染症のリスクまで犯して小中学生に ツベルクリン検査などをやらなければ良かったわけです。
年1回の運動会には、小学生は運動着が無いので、仕方なく 下着のパンツとシャツで、そして裸足(はだし)で走っていました。 昼の弁当を持ってこられない生徒もいました。給食も無いのです。
私が小学生だった1950年代の日本は恐ろしいほどに貧しいのでした。その頃に 比べると今の時代は経済が豊かになりました。
ある年の会社の定期健康診断で血液検査のための採血の時に、私は勇気を出して 、 「この注射針は1人ずつ新しい注射針に取り替えていますか。」、と聞いてみました。 看護婦さんは 「はい、1人ずつ新しい注射針に取り替えています。」、と答えました。 それを聞いて、安心したのを覚えています。
しかし、私が会社員になって以来、上記の理由によって会社の定期健康診断の 項目が徐々に増えてきました。自分の体の健康を保って元気に会社で働き続 けるためには、会社の定期健康診断にどう対応したら良いのか、自分で考えな ければならないのでした。
(了)