(2018/1/1)

(前頁より続く)

選挙公報を配る(3)-歴史教科書を読む-

前回は、学校で習った歴史を振返ってみようと思って高校世界史の教科書を手に 取った話をしました。

そして、ヨーロッパ史の部分の中世から読み始めました。「ゲルマン民族の大移動」 からです。この読書は苦しい読書でした。歴史辞典から沢山の歴史用語を拾って、 その用語を繋(つな)ぎあわせたような文章だからです。

そして、そのような文章だけではダメかなという感じで、所々(ところどころ)に著者 の感想のような短い文がつくのです。

例えば、次のような文です。「しかし大学は教皇や皇帝の特許状による一種の学問ギルド で、特権的自治はあったが、真の意味での学問の自由はなかった。」150頁 

ヨーロッパ史の中世はキリスト教の教会史が中心であって、学問は修道士などの 聖職者が中心になって担(にな)っていたわけで、ヨーロッパの大学はその流れの 中にあります。

私が会社員時代にやってきた会計も、その出発点はキリスト教の修道士が、 家庭教師に行った商人の所の帳簿のつけ方に関心を持って、自分の数学の著書に その帳簿のつけ方、すなわち簿記を書いたことでした。

そして、その本によって簿記はヨーロッパ中に広まり、世界中に広まり、明治時代 になって日本にも来たのです。

「真の意味での学問の自由」と著者は言うけど具体的な中身の説明がないので、 どういう意味なのか、私にはよく分かりません。

実は著者もよく分からないまま、あまり考えずに何となくカッコいいかなと、 歴史用語を繋ぎ合わせた文章の後にちょっと気取って付け加えて書いただけの文では ないか、と思ってしまいます。

( 騎馬民族征服王朝説は1つの質問で論破された )

私がこのように書くのは理由があります。この高校世界史の教科書の著者の1人 である T大名誉教授の E氏は現役の頃「騎馬民族征服王朝説」を唱(とな)えて 有名でした。

「騎馬民族征服王朝説」のテーマで新書版の本も出版しました。1960年代の ことです。これは「東北アジアの騎馬民族が天皇家の起源である」という説です。 当時、E氏のこの説は大変な注目を受けていました。

この E氏は 現役の T大教授であった頃、ある小さな講演会でご自分の「騎馬民族 征服王朝説」を講演したのです。そして、講演後の質疑応答のときに、ある若い 学者の方が、「馬に乗った天皇は「古事記」や「日本書紀」に出て来ないのですから、 騎馬民族征服王朝説は矛盾していると思います。」という趣旨の質問をとても遠慮 がちにしたのです。

この質問に対して E氏は、狼狽(うろた)えてしまって「そうなのか、困ったな」 というようなことを言って、何も答えられなかったというのです。そして、この 質疑をこの講演会の議事録に記録することを拒否し、掲載させなかったというのです。

何という、いい加減なことでしょう。このような、いい加減な E氏が後に T大名誉教授になって、上記の高校世界史の教科書の著者の1人に名を連(つら)ね ているのです。 そして、世界の全歴史を索引まで入れて400頁弱の教科書にまと めるわけです。

( H元首相の歴史観はおかしくなった )

T大に入るような人は、このような高校世界史の教科書のほぼ全体を徹底的に頭に 入れなければならない、と考えられます。

私が生まれ育った草深い地方とは異なり、東京のような都会では、熟練の予備校講師が、 歴史を上手にストーリー化したり、歴史の年代の語呂合わせによって、受験生の記憶を 助けてくれるということですが、そのような助けがあるにしても、このような高校世界史 の教科書を若い頭に叩き込まなければならない T大の受験生の苦労は大変なことだと 思います。

T大の卒業生である H元首相の歴史観の基本は、このような厳しい受験勉強体験から 作られていると考えられます。この歴史観から、H元首相の、国の安全保障に関する 驚くべき見当外れの言動が生まれていると考えられます。

18,19歳の若い頭に徹底して叩き込んだ知識から自由になって考えることは、 非常な天才でなければ難しいことだと思うからです。この世に非常な天才は確かに いますが、本当にごくごく少数しかいません。

( 分裂後の党首も H元首相と同じだった )

そして、 M党が分かれて出来た K党、R党、無所属の人たちも、党首など主立った方 (かた)達は T大あるいは T大に準じた大学の出身です。この方達の特徴も、上記の 国の安全保障に関する発言に現実性が乏しいことです。理由は H元首相と同じこと でしょう。

そういえば、2000年代後半の頃に気になることが報道されました。野党の有名 な政治家 O(オー)氏が外国で、E氏の騎馬民族征服王朝説に言及したというのです。 「O(オー)氏は外国に阿(おもね)った」という批判をする方がおられましたが、実は 案外、O(オー)氏が受験生の時に一生懸命に勉強した受験歴史の影響ではないかな、 と私は考えます。

(次頁へ続く)