(2018/1/1)

(前頁より続く)

選挙公報を配る(2)-M党を作った元首相-

前回は野党第一党の M党が選挙直前に三つに分裂したことを話しました。

M党を作ったのは元首相の H氏です。H氏の総理大臣在任期間は2009/9月 から2010/6月、約9ヵ月と短かったのですが、国の安全保障に関する 言動は驚くべきものでした。

H首相は、沖縄の普天間飛行場の移転先を「最低でも県外」と発言しました。 しかし、後になって「学べば学ぶにつけて〜」と発言し、学んだら国の 安全保障の状況が分かったということで、先の発言を修正したのです。

つまり、「最低でも県外」という発言は国の安全保障の状況がよく分からない ままの発言だったのです。沖縄県民は混乱させられてしまいました。遂に H首相は、ルーピー(loopy、頭がおかしい)と呼ばれて首相をやめたのです。

ちなみに、loopyの元々の意味は「輪(loop)が多い」という意味です、と 辞書にあります。「頭の中で輪が一杯回っている」→「頭がおかしい」という 意味になったのでしょう。

( M党政権は首相が替わっても同じだった )

そして、首相は替わっていきましたが、M党政権は、政権担当能力というものが 無いのだということが国民に分かってきたのでした。M党政権は、ただ右往左往 しているだけでした。

そして、選挙で大敗して、約3年で M党はせっかく取った政権を離れたのです。

実は、M党が政権につく前、私が勤めていた会社の社長は社員に対する訓示の ときに「 M党に早く政権についてほしい」と発言していました。理由は何も言い ませんでしたが、M党に対する大きな期待を感じさせました。

そして、私自身はよく分からないので M党を支持したことはありませんが、 国民の多くが、私が勤めていた会社の社長のように思ったからこそ M党は選挙 で大勝し政権についたわけです。

しかしながら、M党政権は上記のような結果になって、約3年という短期間 で終わったのです。

それから、5年が経って衆議院の M党は三つに分裂して選挙を迎え、定年に なって仕事の無い私は三つに分裂した M党の候補者も載っている選挙公報を配 ったのでした。

( ルーピーと呼ばれた H元首相はおかしな言動を続ける )

私が勤めていた会社の社長を始め多くの国民の期待を集めた M党が、どうして こうなったのか本当に不思議です。

そして、ルーピーと呼ばれて首相をやめた H首相は、今も元首相の肩書きで、 国の内外で何だか、おかしな言動をし続けていることが時々インターネットに 出てくるのです。

名門の家に生まれて 入るのが日本で一番難しい T大出身で、首相までやった H氏が、なぜルーピーと呼ばれるような言動をするのか、私は不思議でした。 私は色々考えて、元首相の H氏は歴史観がおかしいのではないだろうか、と 思いました。

( 歴史観の基礎は歴史の授業で形作られる )

私たちは誰もが学校の授業で歴史を習います。そして、そこで歴史観の基礎が 形作られると考えられます。学校の歴史の授業は、その人の歴史観を形作ると いう意味で、数学などの科目とは全く異なる意味を持っています。

私も学校で歴史を習いました。しかし、私にとって学校で習う歴史は何のこと なのか、よく分からない科目なのでした。そのため、もう半世紀も前のことで すが、受験では歴史を受けなくともよい大学を選びました。

あの頃、入学試験の難しい大学は、受験科目として歴史が必須だった記憶があり ます。元首相の H氏は、 T大出身です。当然、受験科目として歴史は必須であっ たことでしょう。

私は学校で習った歴史を振返ってみようと思って、たまたま本棚にある 高校世界史の教科書を手に取ってみました。歴史関係では有名な出版社 Y社から 出版された教科書です。

次回はこの教科書を読んでみたいと思います。

(次頁へ続く)