選挙公報を配る(1)-高齢者の仕事-
昨年の10月22日、衆議院議員総選挙が行われました。私は、この 選挙で選挙管理委員会が作成している「選挙のお知らせ」、「小選挙区 選挙公報」、「比例代表選挙公報」を各戸に配る仕事をしました。
私が住んでいる地域では、選挙に関連する印刷物を各戸に配るのは、 高齢者の仕事の1つになっているのです。仕事の無い高齢者にとって、 ほんの少しですが収入になります。しかし、収入よりも定年になって 仕事が無い私のような高齢者にとって、こうして「選挙のお知らせ」 などを配って、自分が世の中にまだ役立っていると感じられるのが嬉 しいものです。
現役の会社員として毎日忙しく働いていた頃は、定年後の生活はこの ような寂しい生活になるのだとは想像できないのでした。定年になったら、 会社の縛りが解けて、自分の力が自由に発揮できるだろうと思っていたの でした。
今から振返りますと単なる勝手な思い込みでした。私が定年になった年は、 リーマンショックのすぐ後だったため、経済は大変な不況だったことも あり、思ったような再就職はできないのでした。
私は、体を使う作業の仕事に就いて生活のお金を稼ぎました。そして、 65歳になって何とか生活できるような年金がもらえるようになったの ですが、今は上記のように寂しい生活です。
( 野党第一党の M党は選挙前に三つに分かれた )
ところで、昨年の衆議院議員総選挙では、これまでの私の長い人生で 見たことのない驚くべきことが起きました。衆議院の野党第一党の M党が 選挙前になって、三つに分かれたのです。
最初は、野党第一党の M党の衆議院議員全員が選挙の前にできた新しい 党の K党に移るという話でした。このことも驚きでした。何しろ全員が 移るというのです。
しかし、途中で、新しくできた K党の党首が「全員は受け入れられない」 と言って、結局、最終的に M党は三つに分かれてしまったのです。K党、 R党、無所属の人たち、の三つです。
私は毎日がヒマなので、選挙前後のテレビのワイドショーをズーと見て いたのですが、M党の分裂の話は、毎日のように状況が変わって、テレビ のアナウンサー、コメンテーター、などテレビ出演者は毎日興奮して報道 し、視聴者の私も何が何だか分からないのでした。
( 新党の立候補者の公約は M党時代と同じだった )
そして、選挙公報を配る仕事をしたのです。私の選挙区では、以前 M党 だった方(かた)が K党に移動して立候補していました。そして、その 方は、せっかく新しくできた新党の K党から立候補しているのに、 選挙公約の第一番は、「与党 J党を絶対許さない」というような、移動前 に所属していた M党の政策と全く同じなのでした。
これで大丈夫なんだろうか、と他人事(ひとごと)ながら思ったのですが、 やはり、少ししか票を取れずに落選という結果になったのでした。
テレビのワイドショーでは「 M党のこのような行動は政党の本来のあり方 ではなく、選挙に当選することだけを考えた行動であり、よろしくない。」 と批判する政治評論家の方がおられました。
確かに、私の本棚にある中学校社会科教科書(公民)には、「政党とは、 政治の考え方(主義)や政治の進め方(政策)について同じ意見をもつ人々 が、その主義や政策を実現することをめざしてつくる政治団体である」64頁 と説明されています。
この説明に照らし合わせますと上記の政治評論家の方のご批判は全く その通りです。学校の社会科で政治を習う中学生は今回の 選挙直前の M党 の分裂と教科書の政党の説明の乖離(かいり)に幼い頭を悩ませるだろうな、 と心配してしまいました。
( テレビでは政党助成金の分け方が話題になった )
それから、M党には120億円強の政党助成金が貯まっていて、今回の分裂で、 このお金をどのように分けるのだろうか、ということもテレビのワイドショー で話題になっていました。
私の会社員経験からしますと、会社のお金というものは当然のことですが 管理が厳しいのでした。会社の管理体制も厳しいものがありましたが、税務署 の監視も厳しいのでした。
一方、政党助成金はわりと使い道も自由で、管理も会社のようには厳しくは ないようです。ヒマで毎日、テレビばかり見ていますと、色々なことを知る ようになるものです。
それにしても、M党はなぜこのような分裂騒ぎのようなことを起こしたので しょうか。M党が作られた出発点を考えてみると分かるのかもしれません。次回 はそこの所を考えてみます。
(次頁へ続く)

