(2025/1/1)

石破首相の話が、すぐに変わるのはなぜだろうか

石破首相の話は、すぐに変わってしまいます。衆議院選挙は、「やるべき ことをやって、状況をよく見て落ち着いてから解散選挙します。」と 言っていましたが、あまり時間を置かずに解散選挙となりました。

また、少し前は「大連立は考えていません。」と言っていましたが、最近 は「大連立も考えています。」と言ったということです。石破首相の考え はどこにあるのか、国民にはよく分かりません。どうしてなのだろうか、 考えてみました。

石破首相は鳥取県の人だというところに理由があると思いました。昔の 戦国時代、秀吉は鳥取城を攻めました。その時、秀吉は鳥取城を兵糧攻め にして飢えさせて降参させようと考えました。

秀吉は、前もって鳥取城周辺の町や村から米を高値で買い集めました。 鳥取城にも商人がやって来て、高値で米の買取を申し出ました。城の重臣は、 「そんなに高く買ってくれるのなら売ろう」と言って、倉の備蓄米の多くを 売って金(かね)にしました。

そこに毛利家から吉川経家が鳥取城の新しい城主として遣わされてきました。 経家は、すぐに倉に入って米の確認をします。米はわずかしかありません。 経家は、「すぐに米を買い集めるように」と重臣に指示します。しかし、 城の周辺は、秀吉に米を買い占められてしまい米はありません。何という 愚かな重臣でしょう。

経家は、籠城して冬を待つことを考えていたという話もあります。鳥取は、 日本海側であり冬は多くの雪が降ります。そうすれば城を取り囲んでいる 秀吉軍は難儀します。そこに勝機を見出すのです。しかし、備蓄米が無け れば、その作戦も取れません。鳥取城の重臣は、本当に愚です。

秀吉は、城の周りを取り囲みました。毛利からの必死の米の運び入れ も秀吉軍にことごとく阻止されてしまいます。城内は、あまり時をおかずに 飢餓状態になります。

秀吉は、「降参して鳥取城を開城せよ」と申し入れます。条件は、重臣の 切腹です。秀吉は、経家の奮戦ぶりに感嘆したのでしょうか、経家の命は 助けようとします。

しかし、経家は「この度の戦いの責任は自分にある。自分が切腹するから 他の人の命は助けてほしい」と言って腹を切ったのでした。あまりに 潔い見事な切腹でした。

経家は、敵将の秀吉が命を助けたいと思うほどの男でした。さすがは、後年、 明治維新をやり遂げた長州人です。それに引き換え、秀吉の策に乗せられた 鳥取城の重臣の何たる愚かさでしょう。金(かね)につられて大切な 備蓄米を売ってしまったのです。

地図で見ると山口と鳥取は、さほどの距離はありません。しかし、県民性は 天と地ほども違うのです。

私には、吉川経家は選挙演説中に殺されてしまった山口の安部元首相に 重なります。そして、鳥取の石破首相は鳥取城の重臣に重なります。 約450年前の昔も今も県民性は変わらないのです。

こう見てくると石破首相の言葉がくるくると変わるのは鳥取県人だからだな と思うのです。国のトップが石破首相です。現在の政権は、あの「悪夢の 民主党政権」と同じです。マスコミ(テレビ、新聞)は、石破政権を 全力応援しています。民主党政権の時と同じです。

石破首相も岩屋外相も同盟国アメリカに行くことは、諸事情により、 なかなかに難しそうです。この状況では、今年は何が起きても不思議では ありません。国民は、腹を括(くく)って覚悟して身構えて おかなければなりません。

(注)上記の秀吉による鳥取城への兵糧攻めは主として次の本を
   参照しました。

「近世日本国民史 織田氏時代 後編 
      昭和九年十二月十五日普及版発行
           徳富猪一郎 明治書院」(266〜283頁)
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(了)