兵庫県知事選挙を考える
今年は11月17日に兵庫県知事選挙が行われました。この選挙は 一地方の選挙ではありますが、全国レベルの「大事件」になりま した。この選挙は、県議会が斎藤知事に対し不信任案を可決し、 その結果、斎藤知事が失職したことによる県知事選挙でした。
テレビのワイドショーなどの報道は、斎藤知事はパワハラ知事、 おねだり知事だと猛烈に総攻撃しました。更に斎藤知事の パワハラによって県民局長が自死したとも報じられました。
しかし、インターネットでは、斎藤知事はパワハラ知事、 おねだり知事ではないというのです。県民局長の自死も、原因 は斎藤知事のパワハラではないというのです。
県民局長は、斎藤知事の失脚を画策し、その計画を県庁から 支給された公用パソコンで作成し、更に県庁内で男女関係にある 複数の女性職員との関係日誌をその公用パソコンで作成記録して いたのです。そのことが原因で、県民局長は懲戒を受けました。 そして、その後に自死したのです。
仕事用として県庁から支給されたパソコンで上記のようなことを したなんて、にわかには信じられませんが、どうやら本当のこと のようです。本当のこととすると懲戒されて当然です。
そして、テレビのワイドショーなどで総攻撃されたため、誰にも 見送られずに一人で県庁を去り一人で選挙活動を始めた斎藤知事 は、その後、多くの兵庫県民に支持されて再び兵庫県知事に当選 したのでした。
私は兵庫県民ではありませんので、直接に事の真実を知ることは できませんが、テレビのワイドショーなどの報道は誤りでした。 兵庫県民は、インターネットの情報から真実の情報をつかんで 県知事選で多くの人が斎藤知事に投票したのです。
日本の歴史を振り返りますと、マスコミが初めて誤った 情報を流して国民を混乱させたのは日露戦争の時でした。
「百田尚樹 日本国紀 2018年11月10日第1刷発行 2018年11月25日 第4刷発行 幻冬舎 」は日露戦争 終戦時のことについて次のように書きます。
「当時の朝日新聞は九月一日、「大々屈辱」 「講和憤慨」「日本 政府自ら日本国民を侮辱するに当る」などという激烈な記事 を書 い ている。ー(中略)ー九月五日には、東京の日比谷公園で、条約 に 反対する 国民集会が行われたが、民衆は暴徒と化し、 内務大臣官邸 や周辺の警察署、派出所 を襲撃し、東京市内の 十三カ所に火が つけられた。ー(中略)ーこの流れは、大正に 入って鎮火したよう に見えたが、昭和に入って再燃し、日本が 大東亜戦争に なだれ込む 一因ともなったのである。」(325頁)
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しかしながら、当時、日本 は国力が尽きる限界まで戦って、何とかロシア に勝ち、 ポーツマス条約を結んだという状況なのでした。
その後、この煽り報道は何度もありました。私は、1960年代後半 のとき大学生だったのですが、当時、マスコミ(テレビ、新聞)に 煽られた学生たちが反体制運動と称して暴徒化し、学内を 暴れまわって角棒で設備を壊したり授業を妨害したり傷害事件を 起こしたりしたのでした。当時は、多くの大学が実にひどい状況でした。
今回の兵庫県知事選挙においては、兵庫県民はマスコミ (テレビ、新聞)の煽り報道をインターネットの情報によって見抜 いたのです。そして、正しい投票をして斎藤知事を再選したのです。 この選挙はマスコミ(テレビ、新聞)の煽り報道が効力を失った ことを示した選挙でした。
私たちは、今日(こんにち)、マスコミ(テレビ、新聞)が報道しない こともインターネットによって知ることができます。例えば、岩屋毅 外務大臣が中国から賄賂をもらったことをアメリカに疑われている こと、宮沢洋一税調会長が税制を国民から見えないところで操作 していること、などです。
マスコミ(テレビ、新聞)業界には外国の勢力が入っていて、日本に 不利な報道をしていることもインターネットによって知っています。 こうしたことを私たち国民が知ったからといって、今すぐ何かできる わけではありません。しかし、こうしたことがインターネットによって 白日の下に曝(さら)されることが、少し長い時間でみると深い意味を 持っていると思うのです。
私は、マスコミ(テレビ、新聞)の「やりたい放題」によって、 日本は亡びていくのだと絶望していました。しかし、私は後期高齢者の 年齢になって、思いもかけず、インターネットの大普及が日本を救って くれるという希望を持ったのでした。
(了)