(2024/6/1)

太陽光発電(10)-河野太郎大臣論B-

にわかには信じられないのですが、国運をかけた対米戦争(太平洋戦争) を連合艦隊司令長官として戦っているのに、愛人に多くの手紙を書いたり、 愛人と駅で会ったりしていたというのです。にわかには信じられないので すが、インターネットで調べてみると、どうも本当のことのようです。

日露戦争の東郷連合艦隊司令長官は、決戦となった日本海海戦で旗艦三笠 の船上で指揮を取りました。敵の砲弾がどんどん飛んできて水しぶきが上 がる中で、ずっと指揮を取って日本を勝利に導いたのです。

同じ連合艦隊司令長官なのに、東郷平八郎と山本五十六のあまりの違いです。

山本五十六は学校勉強が優秀で海軍兵学校に入り、海軍兵学校でも勉強が よくできて、卒業後、どんどん出世して連合艦隊司令長官になるという、 軍人としてあまりにも順調すぎるほどの出世をしたために、どこか人とし ての感覚がおかしくなっていたのではないかなと思うのです。

そうでなければ、「アメリカ海軍に最初の奇襲で大きな打撃を与えて、 アメリカ国民の戦意を挫(くじ)き、日本有利の講和を結ぶ」という発想が 生まれません。あまりにも楽観的で現実離れした発想だからこそ軍事の 専門家である参謀など回りの軍人達全員が反対したと思うのです。

戦争中も、愛人に多くの手紙を書いたり、愛人と駅でこっそり会っていた り、決戦のミッドウェイ海戦で部下達が必死の戦いをしているときも、 戦艦大和に乗って戦場のずっと後方にいて戦場には出ないとか、国運を かけた大戦争をしているという切迫感、緊張感が感じられません。

同じ連合艦隊司令長官である東郷平八郎と山本五十六の、このあまりの 違いについては本に書かれているのを見たことがありません。不思議です。

さて、河野太郎大臣です。もう既に日本中が中国製太陽光パネルで埋め尽 くされています。この後、なお、再エネ賦課金(電気税)は年々値上げさ れて集められます。ということは、これからも太陽光発電の電気代高価買 取り制度が拡大し、それによって日本国内に更に大量の中国製太陽光パネ ルが敷かれ続けるのです。暗い絶望を思います。

年々値上げされて集められる再エネ賦課金(電気税)のため、各家庭の 電気代は上がっていきます。産業の光熱費も上がっていきます。中小企業 や個人事業者の経営はダメージを受けます。

河野太郎大臣の言動をインターネットで見ていると、この流れは拡大する ことはあっても、止まることはありません。私が自分で電力会社や市役所 に電話で再エネ賦課金(電気税)や太陽光発電助成金のことを確認した ときもそのような感覚を受けました。

社会に一つの大きな流れができたとき、例え、その流れが間違った流れで あっても、その流れを止めることは困難です。後期高齢者の歳まで生きて 体験的に学んだことです。日本人は真面目で熱心な国民です。そのためで しょうか、流れが間違った流れであっても、情熱的に絶望の破滅に向かっ て行きます。

再エネ賦課金(電気税)などのステルス増税、円安、国際戦争、などで 物価が上がってきています。収入を増やすための副業の勧めなどを言う人 もいます。しかし、私もそうですが、ほとんどの一般国民は、何もでき ないと思うのです。できるだけ無駄な支出を避けて、堅実な生活を心がけ るしかありません。

多くの人が、無駄な支出を避けて、堅実な生活を心がけると経済は不景気に なります、と経済学は教えてくれます。「合成の誤謬」です。しかし、 私欲強欲の河野太郎が大臣となって権力を振るい、国民から再エネ賦課金 (電気税)を収奪する時代です。時代は急角度に変わりました。もはや、 経済学の「合成の誤謬」を言ってはいられません。

私の家は、対米戦争(太平洋戦争)に巻き込まれて戦死の犠牲者が出て、 農業が行き詰まり、親族会議を開いて何とか乗り切ったのでした。何とか 乗り切りはしましたが、この不幸はその後も長く私の家に暗い影を落と していました。戦死した伯父の英霊に頭を下げます。こうしたことを、 私は親から聞きました。しかし、親は、このような不幸がなぜ起きたのか、 詳しくは分からないようでした。情報が新聞しか無かったからです。戦争 中、新聞は戦争を煽るだけでした。

今はインターネットがあります。テレビが報道しなくてもインターネット で情報を取れば、毎月再エネ賦課金(電気税)が増えていくのは河野太郎 大臣の私欲強欲のためだということが分かります。日本中に太陽光パネル が広がっていくのは、河野太郎家の会社、日本端子(株)の中国事業拡大 のためだということも分かります。

分かったからといって何かできるというわけではありません。一般国民は 河野太郎大臣のような政治の権力者の前に無力です。しかし、理由を知っ ていれば絶望の破滅に向かう中で、少しでも被害の程度を少なくできるか もしれません。

(了)

(追記)

対米戦争(太平洋戦争)の始まりは、1941年12月、聯合艦隊司令長官 山本五十六が参謀など回りの軍人達の反対を一人で押し切って真珠湾奇襲を 決行したことです。

しかし実は、1921年、ワシントン会議で日本の安全保障の命綱の 日英同盟 が破棄されます。この日英同盟の破棄は、 アメリカのどす黒い策略でした。 アメリカの目的は日英を分断する ことによって、1、中国市場に乗込む  2、日本との戦いに備える  、というものでした。つまり、この時、水面下で 日米戦争は、始まっていたのです。

アメリカは日英同盟の代わりに日本、イギリス、フランス、アメリカ、 の四カ国条約を提案します。そして、日本の全権大使、幣原喜重郎 (しではらきじゅうろう)は、このアメリカのどす黒い提案をあっさり と受入 れたのです。

東大時代、抜群に学業優秀で人柄が良い幣原喜重郎は、アメリカのどす 黒い 策略の手の平で、いいように転がされてしまって日本を危機に 陥れたのでした。 しかも、ワシントン会議後、幣原本人に日英同盟を無く して日本を危機に 陥れたという自覚が全く無い上、周りもそのことが 分からず、幣原を重用し続 けたのでした。

高校教科書で ある 「詳説世界史(再訂版)著作者東京大学 名誉教授村川堅太郎他 3名  1987年3月5日発行 山川出版社」では、 この日本にとって致命傷の事件 を「太平洋諸島の現状維持を定めた 日・米・英・仏間の四カ国条約がむすばれた結果、 日英同盟は破棄され た。」(295頁)とだけ記述します。

アメリカのどす黒い思惑にも幣原の無能にも全く触れないのです。これ では、 高校生は、その後の日本の悲劇、破滅の展開の理由が全く分かり ません。 この教科書の著作者東京大学名誉教授村川堅太郎他 3名が、この 日英同盟破棄の 重大性を分かっていないのです。

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「日本国紀  百田尚樹 幻冬舎 2018年11月25日  第4刷発行」は、 ここのところを次のように書きます。「日英同盟こそは日本の安全保障の要であり、 日露戦争に 勝利できたのも、この同盟があったればこそである。しかし幣原は、 その重要性も、また変化する国際情勢における日本の立ち位置や アメリカの思惑も、 まったく理解していなかった。日英同盟が破棄 されたことで、日本は後にアメリカ と戦う時には単独で対峙しなけ ればならなくなった。これこそアメリカが望んで いたことだったの だ。」(346,347頁)

慶大、早大、東大を目指す高校生は、歴史教科書を1頁目から最後まで暗記する と言われます。しかし、それだけでは、日本が日米戦争(太平洋戦争)に突入して 惨めな敗戦を迎えた理由が分かりません。

日米戦争(太平洋戦争)で日本は何故惨めな敗戦をしたのか、よくよく考えなけ ればなりません。慶大、早大、東大、合格で満足せずに「日本国紀  百田尚樹」を 読んで、是非とも歴史の実相に迫ってください。現代日本に起きる様々な問題を 考えるときも、日米戦争(太平洋戦争)の顛末(てんまつ)は欠くことのできない 大きな参考になります。