(2024/6/1)

太陽光発電(8)-河野太郎大臣論@-

私は「太陽光発電(1)-中国電力企業のロゴ-」という記事を次のよう な文章で書き始めました。

「今年になって政府の再生エネルギーの会議に対し、河野太郎大臣の 再生エネルギータスクフォースという組織が提出した書類のことが 国会で問題になっています。この書類に中国の電力企業のロゴが透かし で入っていたというのです。 つまり、日本政府のエネルギー対策会議 に中国の電力企業の資料が 提出されていたわけです。」

こうして、太陽光発電のことを調べて記事を書いてきました。私は これらの太陽光発電の記事を書きながら河野太郎大臣という人物に深い 関心を持たずにいられませんでした。いかにも何か独特の人です。

まず、河野太郎大臣の経歴と背景をインターネットで調べました。こう いうとき、インターネットはとても便利です。慎重に情報を見分けなけ ればいけませんが、以前であれば、容易に調べられなかったことも調べ ることができるのです。良い時代になったのです。

河野太郎大臣は神奈川県出身、平塚市立 花水小学校、慶應義塾中等部、 慶應義塾高等学校、慶應義塾大学 経済学部中退、そして米国ジョージ タウン大学を卒業します。

そして、会社勤務を経て、父親である元自民党総裁河野洋平の後を継い で政治家になります。そして、大臣になるわけです。実に華麗な絵に 描いたような出身、経歴です。

慶應義塾は、幼稚舎から入った人が一番格上という話を聞いたことが あります。しかし、中等部から入った河野太郎も慶應義塾の中では随分 格上なのだろうと思います。

私は、慶應義塾とは何の関係もありませんが、間接的に関係したことが ありました。最初は大学時代でした。大学に原書講読という時間があっ て、古典派経済学者リカードの「経済学および課税の原理」を英語の 原文で読んだのでした。

先生が選んでくれた部分を先生の指導で読んだのです。よく分かったの ですが、念のため、岩波文庫から出ていた翻訳で確認してみました。

翻訳者は慶應義塾塾長小泉信三でした。しかし、小泉信三の翻訳を読ん だら、何だかよく分からないのでした。混乱しました。後でこの翻訳は 誤訳が多いということで有名だということを知りました。私は小泉信三 の「読書論」を読んで堂々たる文に深く感心しました。同じ人が、翻訳 となると途端に、なぜ、ああいうぎこちない文になるのか、不思議でし た。

私は、田舎の高校で英語の先生に英文法を熱心に教えられました。その 先生は、朝1時間早く学校に出て来て、希望する生徒に教えてくれる ほど熱心でした。他の生徒が出てこないので私一人で朝の英語の指導を 受けたことも何回もありました。今から思うと何とも贅沢な授業でした。 その先生のおかげで私は高校生としては英文を読む力が相当ついていま した。

そして、大学の原書講読の先生は、古典派経済学者リカード「経済学 および課税の原理」の行きとどいた適切な解説をしてくれたのです。 高校の英語の先生と大学の原書講読の先生のおかげで、私は「経済学 および課税の原理」の英語の原文が読めたのです。

それなのに、必要もないのに、勝手に翻訳で確認して、勝手に混乱し ました。高校の英語の先生と大学の原書講読の先生にお詫び申し上げま す。若かったとはいえ、勝手なことをして申し訳ありませんでした。

二度目に慶應義塾と間接的に関係したのは、大学を卒業して会社員に なってからでした。私が入社した会社には、慶大卒の人が何人もいまし た。私が配属された本社会計課にも2人いました。慶大卒の彼らは、 どことなく雰囲気が違いました。ダンス部でしたとか、ゴルフが趣味で すとか、昭和40年代でしたが、どこか私と違うのです。

今になると、よく分かります。私は地方の生まれで周りは田畑だけです。 小学校は分校でした。私の学年は24人でした。そして、中学、高校と、 その地方で学び、大学は東京に来ました。

東京では、最初は新聞屋に住込み、次に工務店の飯場に住みこんで 大学を卒業したのです。大学は新聞社の人に薦められた大学です。学費 が安いのでした。助かりました。大学のクラスの友達が「早大の学費は、 うちの大学の1.5倍なんだよ、慶大は更に早大の1.5倍なんだよ」 と言っていました。高いんだなと思いました。もっとも、早大、慶大は とても試験が難しいと聞いていましたので、大学受験のとき私の視野に 最初から全く入って来ませんでした。最初から無縁の大学でした。

最初に住込んだ新聞屋に、早大に入りたくて今度4回目の早大受験なん だという人がいました。4回目の大学受験だなんて、私は驚いて「早大 の何学部に入りたいんですか」と聞きました。すると、その人は私の 質問にあきれた感じで私を見て「早大ならどの学部でもいいんだよ」と 答えたのでした。私は経済学を勉強したくて経済学部に入りましたので、 その人のその答がよく分からなかったのでした。

(了)