(2018/5/13)

日本大学アメフト部の危険な反則行為について考える

5月6日の対関西学院大学との定期戦で起きた日大アメフト部の選手 による危険な反則行為による関東学生連盟による責任者に対する処分 が5月29日の臨時理事会でなされました。

最も重大な責任者である日大アメフト部の内田正人監督と井上奨コーチは 「除名」ということになりました。この処分によって、両名は関東学生連盟 から永久追放されたわけです。

大きな社会問題とまでなった今回の問題は、テレビなどのマスコミで 大きく報道されました。それらの報道の中で、私が最も気にかかった のは週刊文春(平成30年5月31日号)の報道でした。そこには、 問題の試合後にマスコミの囲み取材に応じた内田監督の発言が載って いました。

その囲み取材で内田監督は「こんなこと言っちゃ悪いんだ けど、宮川はよくやったと思いますよ。(中略)法律的には良くない かもしれないけど」と発言したのです。私は「法律的には良くないか もしれないけど」というところに非常に驚いたのです。

私は、詳しく知っていたわけではありませんが、日本大学が明治時代 に法律学校として始まった事は知っていました。それなのに、日大 出身で日大の常務理事という幹部である内田監督が日大の出発点を 全く意識していないような発言をした事に私は驚いたのでした。

明治時代になって日本には幾つもの法律学校ができて、その後、発展 して大学となり社会的に大きな存在になりました。その中でも日本大学 は最も規模の大きな大学となりました。大きくなったということは、 最も成功した法律学校といってよいと思うのです。その日大の幹部 である内田監督が母校日大の原点否定とも取れる発言をした事に私は 驚いたわけです。

( 日本大学の学祖は山田顕義である )

私は日大のホームページを見て調べてみました。日大は1889年 (明治22年)日本法律学校として建学されました。その建学の時、 非常に大きな貢献をした人が山田顕義です。日大は山田顕義を学祖と して大切にしています。

山田顕義は山口県の生まれであり、あの 有名な吉田松陰の松下村塾に学んだ後、明治維新に身を投じて戦場 の白刃の下を戦い抜きました。そして、維新後は岩倉米欧使節団の 一員として大久保利通たちと欧米諸国を歴訪視察し、近代国家にお ける司法の重要性に気づき、1885年(明治18年)日本で初め ての司法大臣となって法典整備などに尽力したのでした。

私は日大が明治時代に法律学校として出発したことは知っていまし たが、今回、調べるまで日大の学祖がこれほどの人物であることは 知りませんでした。日本は明治維新以後、近代国家として発展して きましたが、初代の司法大臣として、日本が法治国家になるための 基礎を作ったといえるのが日大の学祖山田顕義なのです。

これほど の人物を学祖に持つからこそ、その後、日大は大きな大学に発展した のでしょう。それなのに、上記の内田監督の「法律的には良くない かもしれないけど」という発言はどうしたことでしょう。これは 内田監督が母校日大の出発点である学祖山田顕義をほとんど意識し ていないから、と思われます。

日大は、山田顕義の故郷山口県に顕義園(けんぎえん)という施設 を作って学祖を顕彰しています。これは建学の人に対する感謝の心 として大変良いことです。しかし、ホームページを見る限り大学の キャンパスには学祖山田顕義の顕彰のための施設は無いようです。

私は日大に行ったことが無いのですが、もし何も無いのであれば、 大学本部の正面の最も目立つところに山田顕義の大きくて立派な 銅像を設置して、学祖の功績を顕彰するのが良いです。

そうすれば、 大学本部に行く度(たび)に関係者に対し日本を法治国家にする ために尽力した学祖山田顕義の精神が強く意識されて、幹部の方から 「法律的には良くないかもしれないけど」などという発言が出て くるはずが無いのです。

( 日本大学は山田顕義の精神によってよみがえる )

日本の近代化にこれほど貢献した山田顕義の名は世間にそれほど知 られていません。私も今回調べてみて初めて知ったのでした。 これは日大が大学の外に向かって学祖山田顕義を広く知らせる努力 をして来なかったためと思われるのです。

そして、大学の中でも、 教職員や学生に大学の原点である山田顕義の精神を目に見える形で 周知する努力をして来なかったためとも思われるのです。今回の アメフト部の部員による危険な反則行為事件は日本大学に大きな ダメージを与えました。

しかし、日本大学は日本の教育界に大きく貢献して来た日本の 大切な教育機関です。国民のために今回のダメージから是非とも 立ち直ってもらわなければなりません。

そのためには、日本大学の 原点である「日本を近代的な法治国家にする」という学祖山田顕義 の熱情の燃える精神に立ち返り、日本大学の基本精神として改め て徹底するのが一番の早道であるとともに確実な道であると 思われるのです。

(了)