ビッグモーター報道を考える
(株)ビッグモーターの不正が報道されています。インターネットに よると、ビッグモーターは、年間売上5、200億円、 従業員6、000人です。随分と大きな会社です。利益もしっかり出 ています。数字的には優良企業です。
しかし、不正が色々とあるようです。政府の調査が入っているようで すので、これから明らかになると思います。
私は、テレビで社長会見を見ました。社長の記者会見で気になったの は、しばしば降格人事をやっていたということでした。社長によると 社員教育の一環であったということでした。
実は、私が勤めていた会社もバブルが崩壊した1990年代前半の頃、 急に降格人事が頻発しました。
当時の 三重野日銀総裁が「バブルは良くない、バブルはつぶさなけれ ばなら ない。」と急激に金融を引締めました。そのため、日本経済は 大不況になり、 多くの企業の経営は急激に苦しくなりました。
企業の経営者は驚いて、利益を確保するため総人件費の削減に夢中に なりました。総人件費削減の方法は、成果主義の導入、新人の採用抑制、 正社員の非正社員への置換え、中高年社員のリストラ、などです。
( 成果主義が導入されて、降格人事の嵐が吹き荒れる )
私が勤めていた会社も成果主義を導入しました。私が勤めていた会社の 成果主義は、年度末に各人が次年度の目標を申告させられることから 始ま りました。そして1年が経つと、目標の達成度合いに基づいて、 上司による人事考課 が実施され、定期的な人事異動に反映させるという ものでした。
人事考課は急激に厳しいものになりました。その結果、それまでは、 不祥事によること以外、見ることの無かった降格人事が毎年の定期的な 人事異動の時に大量に発生するのでした。特に中高年社員が降格人事を 受けました。
もちろん昇格人事もあります。 しかし、昇格人事よりも降格人事がはる かに多いのでした。私も降格人事 を受けました。
人事考課による多数の降格人事が総人件費削減の手段となったのでした。 人事部と管理職の権力は急激に強まります。成果主義という新しい制度 によって、苦悩しながら部下を降格した管理職 がおられたでしょう。 反対に、躊躇(ちゅうちょ)無く、ときに喜びを感じ ながら部下を降格 した管理職もいたでしょう。
部下を多く降格した管理職が評価されるのでした。誰もが自分を守ること に 必死でした。
( 突然、社内は弱肉強食の世界になった )
この時、社内の空気は一変しました。かなりの方(かた)が、みかけの 良い派手に アピールできる業績をあげようと必死でした。地味な日常業務 は投げやりにされる ようになりました。
誰でも降格は、いやです。経済的なものもありますが、はるかにそれ以上に、 自分を全身で否定されたような衝撃を受けます。不祥事を起こして降格 されたということなら已むを得ません。あきらめもつきます。
しかし、上司の人事考課だけで年1回の定期異動で降格されるというのです。 社内に降格された自分が晒(さら)されます。まわりの人たちの自分を 見る目線が変わ ります。
そのような中でも待ったなしで遂行しなければならない仕事が目の前にあり ます。ほとんど、心は床に叩きのめされながら、会社員として培(つちか) われた本能で、 戦いのように仕事に立ち向かうしかないのでした。そう しなければ会社を 去るしかありません。
突然、社内は文字通りの弱肉強食の世界になったのです。会社は地味な 毎日の仕事に真面目に取り組む人が多くいることによって成り立っている も のです。そのような方々の誠実な勤務によって日常の業務がスムーズに 動いていて、 その土台の上に、はじめて大胆な改善、改革ができるのです。
日常の業務がグチャグチャになっていては改善も改革もありません。会社の 中は、混乱の嵐の中に入ったようでした。誰もが疑心暗鬼になり、 社員同士、 挨拶することも少なくなりました。
なぜ急に成果主義というものがこれほど吹荒れるのか、渦中の1人である 私には当時はよく分かりませんでした。そして、何年かして、社内は なんとか 落着きを取戻したのでした。
しかし、成果主義が社員に残した傷は深いものがありました。解消しようの 無い人間不信とも言えるものが多くの社員の心の奥底に残されたのでした。
( 当時の 日銀総裁はバブルを一気につぶした )
当時の 日銀総裁は「バブルは良くない、バブルはつぶさなければならない。」、 と急激に金融を引締めました。その結果は、日本経済を大不況にし、多くの 人々 を不幸にしました。
当時の 日銀総裁はもちろん悪意でそのような政策を行ったわけではなく、 経済 を知らなかったということです。「平成の鬼平(おにへい)」を 気取っていたという ことですが、結果として「すさまじいまでの疫病神 (やくびょうがみ)」になったのです。
鬼平とは、時代小説で有名になった江戸時代の火付盗賊改方長官 (ひつけとうぞく あらためかたちょうかん)長谷川平蔵のことです。小説では、 長谷川平蔵は悪人を バッタバッタと切り倒し、その厳しさから「鬼の平蔵」、 略して「鬼平」と言われた、 というのです。
経済を知らない日銀総裁は、企業で働く人にとって、あまりの災いでした。ある 程度の規模の企業は、3年から5年程度の中期計画を立てて経営してい ます。 計画に基づいて設備投資や労務管理などが行われています。そうした中で突然の 急激な金融引締めです。突然の急激な金融引締めに企業は対応 できません。
経営者はあわてふためいてしまいます。そのしわよせは、企業で働いている人 たちや、これから企業に入って働こうと する人たちの取り返しのつかない犠牲 となって現れたのでした。リストラの嵐,降格の嵐、 新卒者の就職難の嵐、など です。慎重に、もっと時間をかけてバブルを納めなければならなかったのです。( 新日銀総裁に期待する )
幸いにも、黒田前日銀総裁は日本経済を成長させようとしました。 黒田前日銀総裁を継いだ植田現日銀総裁も三重野のような急激なことをして 国民を苦しめるようなことはやらないように期待するものです。
ビッグモーターの社員は、現在、苦しい状況に置かれていると思います。 しかし、何とか踏ん張って、この嵐を乗り越えて安定した企業環境を作って いってほしいものです。
(了)