(2023/7/1)

牛を殴ったり蹴ったりした事件

乳牛を1200頭飼育している畜産会社の従業員が、乳牛を殴ったり 蹴ったりする動画がインターネットで公開されました。

大きな顰蹙(ひんしゅく)があり、テレビでも報道されました。なんと いうひどい事件でしょう。

テレビ会社の記者が、畜産会社の社長にインタビューしていました。 社長は謝罪していましたが、牛が可哀想だという雰囲気ではありません でした。

テレビ会社の記者は、更に、市役所の動物虐待防止の責任者に インタビューしていました。ところが、市役所の動物虐待防止の責任者 は関心がないという感じで通り一遍の話だけをしていました。 長く公務員をやっていると、感情にヤスリをかけられたように無感情に なってしまうのかもしれません。

牛乳で作った商品のパッケージには、しばしば、広々とした牧場で草を 食(は)む乳牛の群れが印刷されています。日本のどこかには、あの ような広々とした牧場があるかもしれませんが、しかし、ほとんどの 乳牛は、日本では、こんど問題になったような狭い牛舎で窮屈な思いを して飼われているのです。

広々とした牧場で草を食(は)むようなことはできないのです。その ような気の毒な環境の中で、乳牛は毎日、人間のために牛乳を出して くれているのです。

そのような乳牛を殴ったり蹴ったりするなんて何という虐待でしょう。 絶対に許されることではありません。

( 私は乳牛の世話をした )

私は地方の農家の出身で中学、高校の頃、家で飼育している一頭の乳牛 の世話をしていました。私は、毎日、牛に餌をやり乳を搾り、学校に 行く前に一時間ほど草を食べさせながら農道を引き運動しました。

乳牛は大人しい動物であり、殴ったり蹴ったりするなんて考えることも できません。学校が夏休みになりましたら、家の前を流れている川に 連れて行き水浴びをさせました。

とても暑い日は、私が持っている引き綱を振り切って川に向かって走っ て行くのです。私があわてて追いかけていくと、牛は川に飛び込んで、 尻尾の先の毛に含ませた水を盛んに自分の背中にかけて涼んでいるので した。

そのような乳牛を殴ったり蹴ったりするなど絶対に許されません。私は テレビで見ていて怒りで一杯になりました。

( 技術研修生の問題 )

そして、今度の乳牛殴打事件で、もう一つ考えさせられることがあり ました。それは、乳牛を殴打した従業員が外国からきた技術研修生だと いうのです。

技術研修生とは、実は名ばかりで、安い労働力として企業が酷使してい ます。経済界が安く使える労働力として、政府に働きかけて技術研修生 という名称の下に外国から労働者を入れているのです。

しかし、この技術研修生の実体は上記のような安い労働力の外国からの 導入なのだということが、大普及したインターネットからの情報で広く 知られるようになりました。

経済界や政界の上層部は、自分たちの薄汚いどす黒い欲望を国民に知ら れてはいないと思っていますが、実はインターネットの大普及によって 国民から丸わかりなのです。

技術研修生というごまかしの名称はやめて、労働者は誰であっても適切な 労働環境の下に働かせなければなりません。

( 最近の経済界の代表は下品だ )

日曜日の朝にNHKが各界の代表を呼んで討論番組を流しますが、最近は 経済界の代表の顔があまりに下品です。これが経済界の代表かと思うと、 長く会社に勤めた者として見ていて恥ずかしくなります。

彼らは心の中が自分さえ良ければいいという薄汚いどす黒い欲望で一杯 なのです。お金を儲けることは大事ですが、儲け方が大事です。彼らは、 日本資本主義の父、渋沢栄一の「論語と算盤」を読んで品性を養って欲 しいものです。

論語と算盤(上) (自己修養篇(いつか読んでみたかった日本の名著シリーズ13))

新品価格
¥1,650から
(2023/6/25 08:57時点)

論語と算盤(下) (人生活学篇(いつか読んでみたかった日本の名著シリーズ13))

新品価格
¥1,650から
(2023/6/25 09:01時点)

技術研修生のように言葉でごまかす制度は、将来の日本に禍根を残します 。日本の上層部は言葉のごまかしが多すぎます。対米戦争(太平洋戦争) でも撤退を転進と言い換えたりしました。

そして、戦場の現場を見ることもなく二言目には大和魂です。そのあげく に、3百万人という途方もない犠牲者を出して惨めな敗戦です。

そして、惨めな敗戦にもかかわらず、現在、日本が存続できているのは 兵士の方達が誠実に勇敢に戦っていただいたおかげです。戦死した沢山の 兵士の方達の魂に祈りを捧げます。

( 財務省事務次官は増税を主張する )

一年ぐらい前だったでしょうか、財務省事務次官がスーパーマーケット で無償のレジ袋を他人が見ていないことを左右確認してから何枚も巻き 取るという姿を写真に撮られて報道されたことがありました。何という 無様な姿でしょう。これが財務省事務次官なのです。

そして、この財務省事務次官は、雑誌に増税が必要だと書き、自分は 大和魂からやむにやまれず増税を主張しているのだと言うのです。落着いて、 政府の貸借対照表を見て考えてくれと言いたいです。政府の貸借対照表 を見ると増税が必要な状況ではありません。

社会の指導層の人達は、私利私欲にばかり走ることなく、また、安易に 大和魂などと言って無茶苦茶な主張をしないで、冷静で客観的に 現実を直視してから、ものごとを判断して欲しいものです。

(了)

[追記]

私が考えますに、財務省官僚には上記の無償レジ袋巻取りの財務省事務次官 のようなひたすら増税を主張する派(仮に増税派としましょう)と経済を 考えて理性的な経済運営を考える派(仮に経済派としましょう)の二つの派 があると思われます。

上記の二つの派の争いは増税派の圧勝になります。こういう勢力争いは、 情念を元に主張する派が理性を元に主張する派に勝つのです。日本は情念の ほうが理性よりはるかに強いからです。

日本では、政府の貸借対照表を読まずに(あるいは、読めずに)、 ひたすら、とにかく増税を主張する財務省官僚が最強です。政府の 貸借対照表は〜、という経済派は吹き飛ばされてしまうのです。

日本のテレビ、新聞も理性を排して、ひたすら情念を報道します。国家財政 についても、テレビ、新聞が政府の貸借対照表に言及することはありません。 情念のほうが国民に受入れられるからです。

対米戦争(太平洋戦争)時においても、大和魂と言ってひたすら戦争を主張 する派が勝って戦争に突入していきました。弾薬、食糧、のような兵站 (へいたん)を冷静に計算する人はしりぞけられました。

選挙に勝ち続けて、なんとか増税を延期した安倍元首相は殺されて しまいました。これからは、財務省は心おきなく「国の借金が○○○○兆円です。 国民一人当り○○○億円の借金です。」と言って増税にひた走ります。この場合、 国というのは本当は政府であり、国民からみると政府への貸付金です。ここでも 言葉の露骨なごまかしがあります。困ったものです。

政府の貸借対照表は〜、と言っても仕方がありません。政府の貸借対照表 には誰も関心を持ちません。対米戦争(太平洋戦争)時、軍上層部が兵站 (弾薬、食糧、など)に関心を持たなかったのと同じです。これからも、国民は、 節約生活を基本にしながら、財務省の増税攻撃に耐えて何とか生き延びる方法を 考えなければなりません。