日本の疑似宗教「大学教」を考える(1)
日本人は「あなたの宗教は何ですか」と聞かれると、ほとんどの人が 「無宗教です」と答えると言われます。しかし、私はほとんどの日本人 は、「大学教」の熱心な信者であると考えるのです。
私は宗教学を学んだことが無いので、学問としての宗教の定義を知りま せん。英和辞典では、religion 宗教となっています。religionを語源 分解すると、re再び ligつなぐ ion名詞語尾 となっています。
つまり人間にとって、宇宙を創造した神(God)と一度切れた関係を再び つなぐ、という意味でしょう。しかし日本で宗教といったらreligionも 含めてもっと広い意味に思えます。
そのため、ごく常識的に考えて「無条件で篤く(あつく)信頼している もの」と定義した場合、大学こそが現代の多くの日本人にとって、その 対象なのではないかと、ふと思ったのです。つまり「大学教」です。
常識的に考えて本来の宗教ではありませんから、疑似宗教(ぎじしゅう きょう)「大学教」です。日本では大きな宗教には本山があり、支部 (末寺)があります。
疑似宗教「大学教」の本山は東大です。そして、その下に支部がありま す。旧帝大各支部、慶大支部、早大支部、、、、などです。大学教は 行政府である文科省によって管理されています。
更に、日本中に沢山ある大学は受験産業によって偏差値という数値に よって三角形に位置づけられています。もちろん一番上の頂点に本山 東大があるわけです。
慶大、早大、といった私学は福沢諭吉、大隈重信といった歴史に名を 残している大物人物によって志高い建学の精神の下に作られましたが、 長い歴史の中でその崇高な精神は風化し忘れ去られてしまいました。
( 仮面浪人の存在に驚く )
私がそう思ったのは現在は仮面浪人というものが存在するという話を 読んだからです。仮面浪人とは、せっかく慶大、早大に合格して入学 したのに、東大を諦めきれずに、大学の勉強をしないで、一生懸命に 東大入学を目指して受験勉強している学生のことだというのです。
大学は本来学問を学ぶ所です。慶大、早大に合格して入学したからに は学問を学ばなければなりません。ところが、慶大、早大に籍だけ置 いて、クラスの友人に隠れてコソコソと一生懸命に東大を目指して 受験勉強をしている学生がいるというのです。それも一人や二人で なく毎年何人もいるというのです。
建学者(福沢諭吉、大隈重信)は自尊心を傷つけられてガックリする ことでしょう。「最初から来るなよ、バカヤロー」と思うでしょう。
大学制度は明治維新後、欧米から取入れられました。しかし、形は 欧米の大学と同じように見えますが、中味はすっかり日本独特の制度 になったのです。
( 外国から来た文化、制度は日本化する )
日本は外国から色々な文化、制度を取入れますが、素直にそのまま 発展させることはなく、必ずといっていいほど日本独特の形に変えて いくのです。
大学制度は日本では疑似宗教化したのです。疑似宗教とはいえ、宗教 らしく殉教者に似た犠牲者もいます。自分が希望する大学に入れなか ったからといって「大学受験に失敗した」といって引きこもりになっ て外に出なくなり人生を捨てるような人がいるのです。
これは明らかな「大学教」の犠牲者(殉教者)です。但し、宗教の 殉教者は信者に尊敬されますが、疑似宗教である「大学教」の犠牲者 (殉教者)は、気の毒ですが尊敬されません。本人が狭い視野の中に 入り込んで、出られなくなっているだけに本当に気の毒です。時には、 親の狭い視野が本人を追い込んだりしていることがあるので、一層 悲劇の犠牲者です。上記の仮面浪人も犠牲者の一人です。
なぜ、日本では大学制度が疑似宗教化したのでしょうか。それは、 御利益(ごりやく)を得られると思うからです。確かに、受験産業が 位置づける、本山東大を頂点とした三角形の上の方の大学に進学でき れば、皆に「すごいね」と言われ、就職なども有利でしょう。
( 大学卒業後は御利益(ごりやく)は剥げ落ちる )
しかし、大学を卒業して社会に出ると御利益(ごりやく)はかなりの 程度で剥げ落ちます。私が最初に就職した会社には東大卒の社員が 何人かいました。優秀で高い地位に出世する方(かた)がいましたが、 一方、会社員としてはさほど優秀ではない方もいました。
一時、私がまだ20代で若かった時の上司であった東大卒の方は会社員 としてはあまり優秀とは言えない方でした。この人は、気の毒な事に 高卒の管理職仲間にいじめられていました。
高卒で管理職まで出世した人は大卒の人に激しい対抗意識を持っていま した。その大卒の人が東大卒ということになると対抗意識が憎悪に変わ るようでした。
私は現役時代、優秀な高卒社員に出会いましたが、彼らの中には粗暴な 人がいました。一緒に会計の仕事をした優秀な高卒社員の中には、 仕事中、頭のフケをかき、耳くそをかき、鼻くそをほじる人がいました。
これを仕事中、繰返すのです。目には見えませんが、会計伝票などに その人のフケ、耳くそ、鼻くそがついていると思うと耐えるのが大変で した。上司の人も「彼は常識が無くてね。」と嘆いていました。
転勤でこの人から離れることができたときは心からほっとしました。 転勤は大変ですが有難いこともあるのです。誤解の無いように、念の ために言っておきますが、優秀な高卒社員の全員ではなく一部の人の ことです。
私が30代半ばで出会った上司も優秀な高卒社員でした。高卒で40歳 ぐらいで課長になる方ですから仕事は優秀でした。しかし、この人は 会社の席でティッシュペーパーを丸めて自分の鼻に入れてクルクル回 して鼻の穴を掃除し、そのティッシュペーパーについた汚れをじっと見 るのでした。今から35年も前のことですが、こうして書いていても 汚くてぞっとします。
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