(2021/8/1)

西村経済再生担当相のコロナ対策発言撤回事件を考える(2)

(前頁より続く)

当時のことです。東郷を連合艦隊司令長官に選んだ人も戦場を駆け抜けて 来た人だったでしょう。国運をかけたロシアとの大戦争で、戦いで負傷した ことが無い(強運、戦場への恐怖心が無い)東郷が連合艦隊司令長官に ベストとみたのです。

東郷は、期待に応えて、決戦となった日本海海戦で、旗艦三笠の船上に 立続けて戦いの指揮を取り完勝したのでした。対露戦争(日露戦争)で、 東郷平八郎を連合艦隊司令長官に選んだ人ならば、決して対米戦争 (太平洋戦争)の連合艦隊司令長官に山本五十六を選ばなかったのです。

そうすれば、山本五十六も得意の軍政の分野で立派な業績を挙げ、栄光の 軍人であったでしょう。それなのに、国運をかけた大戦争である対米戦争 (太平洋戦争)の連合艦隊司令長官として、海軍兵学校の卒業年次と ペーパー試験の成績で山本五十六を選んだ時点で対米戦争(太平洋戦争) の敗戦は決まったのです。

そして、300万人という途方も無い犠牲を出して、山本五十六は一度も 戦場に出ること無く、最後はわざと敵の制空権の中を飛んで打ち落とされ て死んだのです。

何ということでしょう。大学の経営学者が、対米戦争(太平洋戦争)を 経営学的に分析して、「失敗の本質」などを出版しても無意味であり、 馬鹿げたことなのです。

対米戦争(太平洋戦争)の敗戦の原因分析は経営学者の出る幕ではあり ません。経営学上の問題ではなく、海軍兵学校の卒業年次の順番と ペーパーテストの成績順に対する宗教の信仰に似た盲信による人事が 「失敗の本質」だったのです。

対米戦争(太平洋戦争)に負けて、海軍兵学校と陸軍士官学校は無くなり ました。しかし、西村経済再生担当相の母校東大は残りました。この場合、 東大の理科系の学部や文学部は何の問題もありません。

理科系の学問は基本的に実証可能で欧米を中心とした諸外国と同じ土俵 での活動になります。東大の理科系学部はノーベル賞の受賞が極端に少なく、 その研究水準がさほどのものでないことは一目瞭然です。

また文学部は、日本の場合、平安時代以前からの文学活動の歴史があり、 東大文学部だから何か良いということには全然なりません。

問題は西村経済再生担当相の出身学部である法学部であり、そして経済学部 です。この東大法学部経済学部は、今となっては、ただのエリート官僚養成 学校となってしまい、だからこそ西村経済再生担当相のような独裁政治的 発言をするエリート官僚を生み出してしまうのです。

( 田中耕太郎先生は真正面から簿記会計に取組んだ )

かっての東大法学部は学問の場でした。私は50代の頃、 「商法学  特殊問題 下  (田中耕太郎著作集10)1958年6月 20日 第1刷 発行(春秋社) 1998年4月30日 復刻版(追補) 第1刷発行  新青出版」 を買いました。そして、この著作集に納められ た 「貸借対照表法の論理」を読んだのです。

田中耕太郎先生は、真正面から簿記会計に取組み、理論、歴史、実務を 踏まえて貸借対照表法を論じられたのでした。とても難しい本でしたが、 私はこの本で「決算貸借対照表」「税務貸借対照表」「清算貸借対照表」 といった概念を教え られたのでした。

田中耕太郎先生が教壇で講義をしていた東大法学部経済学部は確かに 学問 の場でした。そして、時代を下って、東大法学部経済学部で会計を 教えて いる先生が、授業のために、ご自分で書いたテキストの本を私は 読んだこと があります。「企業会計 斎藤静樹 東京大学出版会  1993年11月25日 第6刷」です。

斎藤東京大学経済学部教授はご自分の専門である簿記会計に知的関心を 示さない、エリート意識で舞い上がってしまった東大法学部経済学部の 学生を相手に何とかしようと努力します。

そして、簿記会計の理論も歴史も実務も無視して、簿記会計を 数理経済学のように装った教科書を作ります。ご自分の専門を学生に 学ぶ気にさせようという、教育者としてのやむにやまれぬご努力なので しょう。

斎藤先生ご自身は武蔵大学経済学部の ご出身なので、大学生の時に 簿記会計の教育を受けられて、簿記会計の 技術理論を身につけられて おられます。

(次頁へ続く)