(2016/6/26)
営業車管理の仕事(1)
人は会社に入って仕事を始めた時、慣れないため、仕事で失敗すること があると思います。私の場合も、仕事の失敗がありました。
私は、高い山の麓(ふもと)の農村に生まれて育ちました。まわりは見渡す 限りどこまでも田んぼと畑でした。都会育ちの人が成長する過程で自然に身に付けて いる知識を知りませんでした。
私は仕事を覚えようと本を読んで勉強したり、分からないところを人に聞い たりして、何とか仕事の仕方を覚えていきましたが、その過程で上司の方(かた)や 同僚の方々にご迷惑をかけることがありました。
誠に申し訳ありませんでした。さて、今も思い出して苦(にが)い思いをするので すが、私が20代の時でした。その頃、私は会計の仕事の他に営業車管理の 担当になりました。1970年代のことです。
転勤の時の前任者から引継いだ仕事です。車リース管理、定期点検管理、 安全運転啓蒙、などです。私は、営業車管理の仕事を始めた時、運転免許証を 持っていませんでした。
営業車管理の仕事をするのに、運転免許証なしというのは当然、不適切です。 上司の方(かた)に「免許証を持っていないなんて、車を運転したいと思わないのか。」と、 お叱りの口調で言われました。
その上司の方は私より20歳以上、年上の方でした。とても背の低い方 でしたが、車が大好きで運転席に座布団を何枚も敷いて器用に車を運転なさると のことでした。その頃、多くの会社員が車を持つようになっていました。一方、 若い時の私には経済的にも時間的にも車の免許を取るのは苦しいのでした。
( 車の免許を取るため自動車教習所に通う )
しかし、已むを得ません。私は決心して仕事が終わってから、自動車教習所に通い、 運転の勉強を始めました。経済的なこともありましたが、それ以上に、昼の仕事で 疲れた体で、夜、練習するのですから、なかなか上達しないのが辛(つら)いことでした。
夜、暗い中で車の練習をしていると,自然に気持ちが沈んできます。個人差があると 思いますが、私にとって、夜の暗さが侘(わび)しいのです。指導員の方に「運転に喜び が感じられません。ま、頑張るんですな。」と言われました。ますます侘しいのでした。
運転そのもの以上に苦労したのは、教習所内の5本のコースを覚えることでした。 その教習所では仮免許の試験では、試験の当日の朝、この5本の内、1本が発表 されてそのコースを走らなければなりません。
コースを間違えれば不合格です。試験コースを走っていて、コースを間違えると 隣の指導員からストップがかかるのです。そして、次の受験者が乗っている後ろの 席に移されて、指導員の運転で試験コースの出発点に戻るのでした。
また、次の試験日に受け直しです。惨めでした。一生懸命に5本のコースを覚えよう とするのですが、何とか覚えたな、と思っても、また、頭の中で5本が混じりあって しまうのでした。私は、特に意味の無いものを機械的に覚えるという記憶力が弱いのです。
指導員の方に相談したところ、「コースを歩くと覚えられますよ。」ということで 5本のコースを一生懸命に歩いて覚えようとしました。運転の試験プラス記憶力の試験 でした。
( 苦しんだ末に車の免許を取る )
その頃は、自動車教習所の客はとても多くて自動車教習所は客に対して強気で厳しい のでした。しかし、自動車教習所の中の5本のコースを覚えないと免許証をもらえないと いうのはどう考えても変でした。
道路を車で運転するのに関係はないからです。こういうことは、どうも教習を引伸ばし て収入増につなげよう、という考えからきていたと思います。いけないことです。
今は少子化で若い人が減って自動車教習所に来る客も以前のようではないでしょうから、 こういう良くないことは改善されたことと思います。少子化は、日本経済にとって厳しい ことですが、以前の自動車教習所がやっていた、このようなムチャクチャは無くなったで しょうから、良い面もあるわけです。
私は疲れて、途中で 1カ月ぐらい休んでしまったため、在校制限期間の 6カ月間かけて、 何とか免許証をいただいたのでした。
こうして、営業車管理の仕事をしていましたが、私は、ある時、思いもかけない失敗を してしまいました。それは次回に書きたいと思います。
(次頁へ続く)