(2017/10/1)

日商簿記3級と会計実務との相違点(1)

以前に、会社で会計課に配属された方(かた)が全く会計の素養が無かった 場合、日商簿記3級の勉強から始めるという記事を書きました。

会計の勉強を日商簿記3級から始めるという点については、会計を知って いる方でしたら異論はほとんど無いと思います。しかし、会計実務と 日商簿記3級の勉強を同時に始める方の場合、真面目に考える方ほど、 日商簿記3級と会計実務との相違点に迷い悩むかもしれないと思います。

私自身は、学校で簿記の入門程度の講義を聞いていたのですが、それでも 会計実務との相違点に、当初、思い迷ったことがあったからです。 そのため、日商簿記3級と会計実務との相違点で私が分かりにくかった ところを書いてみたいと思います。

( 精算表 )

日商簿記3級では決算手続のところで精算表という表が出てきて、大変 重視されています。日商簿記3級では、日々の仕訳(決算整理前)と 決算整理仕訳を厳格に区別します。

そして、日々の仕訳は精算表の試算表の欄に集計され、決算整理仕訳は 精算表の修正記入の欄で行うことになっています。「スッキリわかる 日商簿記3級 第7版 滝澤ななみ TAC出版」の本では、決算整理仕訳と して「貸倒引当金繰入」「減価償却費」「前受地代」などを精算表の 修正記入の欄で処理しています。228〜244頁

 

売上、仕入、 などの日々の仕訳と決算整理仕訳を明確に区別するわけ です。しかし、会計実務においては精算表という表は出てきません。 現代においては、ある程度の規模の会社は、月次決算(げつじけっさん) を毎月実施して経営管理に役立てています。

そして、期末決算の月になりましたら、月次決算の手続に続けて直 (ただ)ちに期末決算の手続を実施するという段取りになります。私の 経験では、日々の仕訳と決算整理仕訳の両方を合わせて、試算表を作成 するのでした。

但し、必要に応じて決算を進める途中で暫定的な試算表を作成しました。 会計実務は財務会計の原理に反しない限り、常に効率を重視します。

そのため、会計実務においては精算表という表は出て来ないわけです。 会計実務と日商簿記3級の勉強を同時に始める方は、日商簿記3級に出て くる精算表は、簿記の構造を理解するための手段と割り切るのが良いと 思います。

( 再振替仕訳 )

日商簿記3級には、再振替仕訳という仕訳が出てきます。「スッキリ わかる日商簿記3級 第7版 滝澤ななみ TAC出版」の本では第14章です。

前期末に翌期分として繰延べた前払家賃について逆の仕訳を翌期首に実施 します。「費用・収益の繰延べ、費用・収益の見越し」に該当するものは、 すべて同じ処理をしています。

しかし、私の体験では再振替仕訳は翌期首には実施しませんでした。私が 最初に入った会社では、前払家賃などは家賃を負担するべき月に前払家賃 から支払家賃に振替えていました。月次決算制度をとっていたからです。

一方、未払利息は支払った月に未払利息勘定で処理し、差額が発生したら、 その差額はその月の費用として処理していました。未払利息を翌期首に 再振替仕訳をしますと、期首の月の支払利息勘定が貸方残高になって、 極めて不自然になることがあるからです。月次決算で計算される数字が 自然であるように会計処理されるのでした。

私が30代後半に転職した会社では、再振替仕訳は翌期末に実施していま した。まだ未上場の会社でしたが、上場後もその処理方法で何の問題もあ りませんでした。

日商簿記3級が「費用・収益の繰延べ、費用・収益の見越し」を 再振替仕訳するのは、日々の仕訳(決算整理前)と決算整理仕訳を厳格に 区別するからです。

そして、期首に再振替仕訳をしておくのは、その方(ほう)が期中の処理 がスムーズであると考えるのです。このような処理方法、考え方は、 戦後の簿記論の第一人者であった沼田嘉穂 横浜国立大学教授の影響と考 えられます。

私は、若かった時、次の対談本を読んだことがありました。この本は、 会計に関わる者にとって興味深いものでした。

対談・簿記の問題点をさぐる  著者 中村忠 大藪俊哉
 昭和62年1月20日 初版発行  税務経理協会

中村忠は一橋大学教授で財務会計論の大家(たいか)だった方であり、 公認会計士試験委員など重要な要職を務められました。大藪俊哉は、 沼田嘉穂教授から直接その教えを受けた弟子として沼田簿記を継承し、 沼田教授の後を継いで母校の横浜国立大学教授となりました。

お二人は若かった大学院時代からの親しい仲です。そして、中村忠教授は 沼田教授の弟子ではありませんが、沼田教授の著書を熱心に読んで、 沼田嘉穂 著「簿記教科書」を長い間、ご自分の講義のテキストとして使って いたのでした。

上記の対談本は中村教授が戦後の簿記論の代表である沼田簿記についての 意見、感想、などを沼田簿記の継承者である大藪教授に話し、また、疑問点 を投げかけ、それに対して大藪教授が答えるという形で進んで行くのでした。 お二人が若いときから親しい仲だからこそ可能な貴重な対談です。

この本の中に、大藪教授の発言として次の記述があります。「期首、期末、 期中の手続というものの位置づけを考えており、かなりそれを重視しており ます。なぜ精算手続があり、〜中略〜なぜ期首に再振替を行うべきかという ことを考えておりまして、それはいずれも期中の営業取引の統一的把握処理 にある。〜中略〜例えば未払家賃が2,000円ある場合に、期首に再振替 をしておけば、2か月経過して期中に半年分の家賃を支払うときに 借方・支払家賃6,000円の記入ができる。借方・未払家賃2,000円、 支払家賃4,000円というふうに分けた記帳はしないで済むし、また そういう記帳をすることは決算勘定を営業取引の段階で記入するということ で、これは私どもはとれない処理であるというふうに考えております。」91頁

 つまり、沼田簿記の忠実な継承者である大藪教授は、「費用・収益の繰延べ、 費用・収益の見越し」は決算勘定であり、期中の営業取引とは厳格に区別して 処理しなければならないのであり、期中の営業取引の段階で記入する、 などということをしてはいけない、と言うのです。

更に、翌期首に再振替仕訳をしておけば、期中に借方・未払家賃2,000円、 支払家賃4,000円というふうに分けた記帳はしないで済むという副次的な 効果もありますよ、ということです。

この考え方が、日商簿記3級の翌期首の再振替仕訳になっているのです。 しかし、現代においては、ある程度の規模の会社は、月次決算を毎月実施して 経営管理に役立てています。「費用・収益の繰延べ、費用・収益の見越し」の 再振替仕訳も月次決算制度に合わせて、期中の営業取引の段階で記入したり、 あるいは期末に実施したりして、財務会計の原則に反しない限り経営管理の 観点から合理的に処理します。

「再振替仕訳は必ず翌期首に行う」という日商簿記3級の処理方法は、 会計実務の月次決算制度を考える必要の無い学者の方が研究室で考えた 処理方法なのです。

私は、会計実務を始めた若かった頃、今から振返りますと何ということもない 再振替仕訳のような、ちょっとしたことで、日商簿記3級と会計実務の違いの 理由が分からなくて思い迷ったりしたのでした。

会計実務を担当することになった方が、日商簿記3級を勉強する場合、上記 の知識を知っておくと、再振替仕訳について迷い悩むことが無くなります。

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(了)