会計実務の経験(31)ー資本金と引出金(3止)ー
(前頁より続きます)中村先生は、張り切って色々調べて、その業界の会計規程を作る仕事をしました。 他の先生達はあまり仕事をしないので、ほとんど中村先生1人で、その 業界の会計規程を作り上げたようなものでした。
そして、今回の仕事は終了ということで慰労会が開かれ、中村先生も招かれまし た。その慰労会の途中で中村先生は先輩の会計学者に、こっそり廊下に呼びされ ました。そして、その先輩の会計学者は中村先生にお金の入った封筒を渡し、 「君は若いんだから、今回はこれで我慢してくれ。」と言ったのです。
中村先生は、慰労会からの帰り道、その封筒を開けてみました。すると、封筒の 中には、中村先生がビックリするほどのお金が入っていました。「君は若いんだ から、今回はこれで我慢してくれ。」と言われた中村先生は、名前を出すだけで、 ほとんど仕事をしなかった他の先輩方の先生達はどれだけ大きなお金をもらったのだろ うか、と想像しながら帰ったのでした。
そして、もう一つ記憶に強く残っているのは、中村先生が神奈川大学で若い 講師として専門の財務会計を講義していた頃、恩師の番場嘉一郎教授に自宅に 呼び出された時の話です。番場嘉一郎教授は、中村先生に「神奈川大学から ○○大学に移って、そこの原価計算の講義をやりなさい。そのため、至急、 原価計算の論文を、1本、書きなさい。」と指示されたのです。
(中村忠先生は破門された )
その時、中村先生は「私には原価計算の講義はできません。」と言って、その 話をお断りしたのです。その結果、番場嘉一郎教授は激怒し、「二度と私の 家には来るな」と破門されたのです。
この話を読んだとき、番場嘉一郎教授は何とムチャクチャな人だろうと思いまし た。中村先生は、「私には原価計算の講義はできません。」と言っているのです。 できないことを正直に、できませんと言っているだけなのに、「二度と私の 家には来るな」と激怒するなんて、ひどすぎるわけです。
私が、新入社員として会社に入ったとき、上司の課長は、自分は番場嘉一郎ゼミの 出身である、が自慢でした。その頃はパソコンどころか電卓も大きくてゴツイ のが20人ぐらいに1台あるだけという状況で、会計課では、皆、ソロバンで 一生懸命に夜中までかかって計算して、月次決算をしたり決算書を作成していま した。
そして、番場ゼミ出身自慢の課長は、恐ろしく威張っていて、必死にソロバンで 一日中計算する部下達を絶えず睨回(にらみまわ)しているのでした。今から思 うと、少しおかしく感じてしまうのですが、当時、新入社員だった私は課長の常 に睨みつけてくる目が、ただただ恐ろしいのでした。
今から思いますと、一橋大学時代のゼミ番場嘉一郎教授の睨みつけを真似ていた だけなのかもしれません。何といっても、まだ若い講師であった中村先生に上記 のような非常識でムチャクチャなことをする番場教授ですから、その目はいかにも 狂気の恐ろしいものであったのかもしれません。
(課長は耳垢をフッと吹くのだった)
今の会社には無いでしょうが、その課長は毎朝、マウンティングをやるのでした。 9時になって、仕事が始まると耳かきを取出して耳掃除を始めるのです。そして、 耳垢をティッシュに載せて目の前に座っている部下に向けてフッと吹くのです。 気の毒に、課長の目の前に座っている係長は、毎朝の不潔なマウンティングの 犠牲者なのでした。耳掃除をしない日は、爪切りをするのでした。
この課長は、自他共に会社の中で一番頭が良いということでした。しかし、取締役 にはなれませんでした。どんなに頭が良くても、9時になると、会社の自席で 耳掻きしたり、爪切りしたりしてマウンティングをやるような非常識な人はだめな のです。本人は得意でやっていたのでしょうが、社内で非常識と不潔は最終的には 嫌われます。
この課長は、会計課の皆で海辺の宿に遊びに行ったとき、やおら1人だけ裸になって、 手ぬぐいを裂いて簡易ふんどしを作って海に入って泳ぎ始めたのです。そして、 しばらく泳いで、水から上がってきました。あまりの下品な姿に誰も彼を見ないように していました。その時、若い女子社員が「課長って何でもできるんですね。」と 持ち上げたのでした。
会計課には10人ぐらいの課員がいましたが、その中から2人が取締役 になりました。2人とも、課長のような高学歴、頭の良さではありませんでしたが、 常識をわきまえた人たちでした。
(名古屋市長は女子選手の金メダルを噛む )
会計課時代の不潔で下品な課長のことを思うと、昨年の東京オリンピックで金メダルを取っ た女子選手が名古屋市長を表敬訪問したときの「事件」を思い出します。名古屋市長 は本人に断らずに金メダルを口に入れて囓(かじ)ったのです。なんという下品で汚い行為 でしょう。この名古屋市長も一橋大学出身です。
私が会社で直接係わったり、マスコミに出てくる一橋大学出身者は、どうも不潔で 下品です。もちろん一部の卒業生だとは思います。それにしても何か変です。これは、 社会科学系の単科大学という狭い学問に特化していることと、大学間交流が 基本的には近くの津田塾大学との男女交流だけという大学間の孤立の状況が起因 しているように思われます。勉強はできるけれども、視野と人間の幅(はば)が 狭くなるのです。
大学時代の4年間は感受性が若いために、その人の人格に 大きな影響を与えます。一橋大学は学生のために他大学との交流を積極的に 考えなければなりません。そうしませんと、一橋大学は将来的には受験産業に よる高偏差値だけで、時々、名古屋市長のような下品で汚い卒業生がマスコミの ネタになるだけの大学になってしまう危険があります。
(了)