会計実務の経験(30)ー資本金と引出金(2)ー
(前頁より続きます)漢字学者は「虚」を「虚数」のように使われるのは心外というか、誤使用 というか、とにかく嫌悪感があるようで、漢字事典の「虚」が使われる事例 に「虚数」は上げていません。
日本の数学者は、中途半端な漢字の知識を知った風に振り回して、まだ物を 知らない子共達をいたづらに悩ませ迷わせるような、子供達の未来に向かっ て永遠の犯罪としか言いようのない罪悪の誤訳を勝手に作ったのでした。
日本人は、外国のものを何でもと言っていいほど取入れます。もっとも、 「纏足」とか、「宦官」とか、おぞましいものはしっかりと拒否して取入れません。 こうした点を考えると、われわれ日本人は大陸や半島の人たちとは、全く 異なる民族です。感覚という心底の点から異なっているのです。
外交は必要ですが、感覚という心底の点から異なっている民族と深く係わる ことは、お互いの不幸を呼ぶので慎重に避けなければなりません。政治家や 官僚の中には、外国からお金をもらったり、女性を世話してもらうために、 無闇に外国と親しくしようとする人が少なくないということで、困ったもの です。国民は迷惑です。
日本人は外国から物事を取入れるとき、そのままではなく必ずと言って いいほど原型を変えて取入れます。大部分は、それで良いのですが、数学は 良くありません。数学は日本の数学者によって悪く変えられて奇形のように なったのです。私たちは、数学の元の美しい原型を探し出して学ばなけれ ばなりません。
(少年野球の指導者は子供達を罵倒する )
私が考えるに、悪く変えられたものに少年野球もあります。日曜日には、 近所の小学校で、少年野球の監督やコーチが子供達を口汚い言葉で罵倒して います。本場アメリカの少年野球が日本のように監督やコーチの口汚い罵倒 が日常とはとても思えません。
私は、仕事の関係でアメリカに行ったとき、プロ野球を観戦しました。その時、 感じたのはアメリカ人の野球への国民的な深い愛でした。日本の少年野球の 監督やコーチは、中学校や高校の部活で野球を経験した人でしょう。つまり、 野球の素人です。彼らに、野球への愛は皆無なのです。野球への愛の皆無 が、野球少年たちへの口汚い罵倒を生むのです。彼らの口汚い罵倒は、彼らが 全くの野球の素人である証(あかし)なのです。
会計に戻りましょう。私が、資本金のことで経験したのは「減資」です。 「検定簿記講義/1級 商業簿記・会計学 (平成30年度版)中央経済社 」 では81頁です。私が、当時、勤務していた会社はある上場企業の子会社で したが経営が思うようにいかず、赤字が累積していました。そのため、親会社 から減資をして累積赤字を解消するように指示があったのです。形式的減資で した。形式的減資であっても法により厳格な債権者保護の手続が必要ですので、 債権者に対して減資をする旨のお知らせをしたのでした。
その後、その子会社には、創業者に気に入られて、やって来た大商社出身 の人が社長になって、かなり荒っぽい経営をやりました。しかし、結局 うまくいかず、最終的には事業そのものが他社に売られて終了しました。 空しいものです。
(大商社から来た人は残酷であった )
その人は、社長になると、少しでも気に入らない人間は創業者の威光を使 って職場から追い出してしまうのでした。私も早くに追い出されましたので、 その後の詳細は知らないのですが、あの調子では中には人生を破滅させられ た人もいるかもしれません。労働基準法が眼中にないのです。
自分さえ良ければいいという残酷な性格を考えると、最近よく言われるよう になったサイコパスという種類の人間だったのかもしれません。あのような 人が多くいそうな大総合商社というのは恐ろしい会社だなと思ったのでした。 名前を言えば、誰でも知っている大総合商社ですから、学歴も立派で威張りまく っていたのでしょうが、経営はダメでした。
この事業を買った人は、元々、事業家で学歴などは特に無いようですが、 買った事業もしっかり経営して手広く事業を展開しています。企業経営には、 学歴つまり学校勉強ができるか、できないかは基本的には関係がないという ことです。
(大塚家具は無くなってしまった )
そう言えば、大塚家具の娘さんは創業者の父親から継いだ会社を3年で潰して しまいました。私は、自転車で行くことができる近くの大塚家具の店で、家具 を買っていました。今、この文章も大塚家具のその店で買った椅子に座って書 いています。私には少し身分不相応の高級な椅子ですが、定年になったときに 買ったのです。この椅子を見たとき、強い魅力を感じ、どうしても欲しくなって 少し無理して買ったのでした。
あの時、応対してくれた店員の人はベテランの人で、いかにも家具への愛を感じ させ、かつ紳士的でした。あの店員の人は、今どうしているだろうと思います。 その後、その大塚家具の店は無くなってしまい、私は家具が必要な時、困って しまうのです。
大塚家具の娘さんは一橋大学出身ということでした。つまり、学校の勉強がよく できた人です。しかし、経営はダメなのでした。私は、一橋大学の中村忠教授の 本を若い頃、よく読んだものです。専門の会計学の本も読みましたが、会計学者 には珍しく随筆を書かれる先生でした。
(中村忠先生は随筆を書く )
中村先生の随筆には、会計学の学者社会の話だけではなく、会計学という 会社の実務と関係が深い学問という性質上、少しドロドロした話も書いてあり ました。そうした世界に疎(うと)かった私には、とても興味深い話なのでした。
中村先生が若かった頃、政府の依頼である業界の会計規程を作るチームに参加 した話がありました。全体で4人ほどの会計学者のチームでしたが、中村先生が 一番若く、他の人は会計学会の大家やベテランの先生達でした。
(次頁に続きます)