憂国の人の会計書を読む(2)
(前頁より続きます)
(lawyer(ローヤー)と弁護士は同じではない )
そういえば、「士」が付く職業の代表である弁護士は、アメリカでは 「lawyer ローヤー」です。lawは法です。yerはerの異形ということです のでerを見ますと「〜する人」となっています。つまり、「lawyer ローヤー」は「法を仕事にする人」です。たんたんとした事実通りの 表現です。そこに「人よりえらい」とか「人よりえらくない」といった 価値の評価は感じられません。
ところが、日本で弁護士となると、「士」という字に士農工商の一番の 「士」だぞということをあからさまに感じます。つまり、一番えらい 階級だぞということです。
学校英語の試験では、「lawyer ローヤー」を「弁護士」と訳せばマルで す。しかし、アメリカにおける「lawyer ローヤー」と日本における 「弁護士」の社会の位置付けは全くと言っていいほど異なっているのです。
(アメリカの司法試験は合格率が高い )
そういえば、元内親王の夫である小室圭がアメリカの司法試験を受けてい るため、テレビのワイドショーで話題になり、アメリカの司法試験は 受験者に受からせるための試験であって、年に複数回あり真面目に勉強し た人は受かるという合格率がとても高い試験だということが分かりました。
一方、日本の司法試験は年に一度だけの落とすための試験であって合格率 は極端に低いという事はよく知られたことです。真面目に勉強すれば受か るというような生易しい試験ではありません。
昔、外国にあった科挙(かきょ)という、超難関の試験によく似ていると 言われます。人によってはこの試験に取り憑かれたようになって、落ちても 落ちても毎年、繰返して受けて、遂には人生が破滅する恐ろしい試験のよう です。
同じ司法試験でもこんなに違うのは、アメリカの「lawyer ローヤー」は 「法を仕事にする人」であり、日本の弁護士は士農工商の一番の「士」で あるということが理由です。言葉が社会を作っているのです。
そして、弁護士と同じように「士」が付く公認会計士、税理士、その他、 肩書きに「士」が付く職業の人たちは、皆、士農工商の一番の「士」に 属する階級の人なのです。日本では肩書きの資格に「士」の付く人たちは 行政の下部機関です。
(日本の学校は会計を軽視する )
日本では著者大畑氏が言うように、学校教育における会計軽視のため 一般市民から有識者にいたるまで会計や会計基準の知識がほとんど無い のは事実です。
一方、司法試験と同じように極めて難しい試験を通って会計の専門家と なった公認会計士や税理士は弁護士と同じく「士」に属する階級の人と して企業世界では「先生」と呼ばれ、非常な権威があるのも事実です。 どちらも事実なのです。
会計は欧米から入ってきた制度ですが、アメリカと大きく異なり、 江戸時代からの士農工商の世界に合わせて巧みに日本独特の会計の世界 に作り変えられているのです。器用な日本人らしく上手なものです。
そして余談ですが、私が経験した公認会計士には、下品な人もいて、 監査法人の代表社員(会社でしたら取締役でしょう)でしたが、監査に 来たときに「良いランチを出さない会社は成長しないものだよ。」と 言うのでした。ランチを自前で食べる気は全く無いのです。「役人の子 はニギニギをよく覚え」という江戸時代の川柳を思い出します。行政の 下部機関らしく、なかなかの役人気質でした。
(日本の会社では公認会計士は先生と呼ばれる )
その人は著者大畑氏が勤めた監査法人の代表社員の人でした。著者大畑氏 は、その監査法人をしばらくして辞めて独立したようですが、国を憂うる 著者大畑氏のような人が長く務められる勤務先ではなかったでしょう。
ここまで書いて、今、思い出したのですが、税務調査に来た税務署員は 決してランチの提供を受けないのでした。私は何度も税務調査を受けまし たが、どの税務署員もランチの提供を受けないのでした。税務署という 本当の行政の人は、そこはキチンとしていました。
監査法人という行政の中途半端な下部機関が、こう言っては何ですが、 ランチがだらしないのでした。こうした監査法人との経験や日々の報道 から考えますと、日本はいわば高度な利権が縦横に張り巡らされた 高度利権国家です。
上場会社勤務の経験からしますと、会計実務の担当者は、会計理論の 習得は当然のこととして、社内の製造や販売の概略の知識に加えて、 会社を取囲む利権社会のこともよく知ってうまく対応できるようでなけ ればなりません。とても大変で、草深い農家の出身の私が苦労するのは 当然でした。
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