会計実務の経験(16)ー有価証券(3止)ー
(前頁より続きます)
(会計分野にも英語の厚く高い壁がある )
余談ですが、国際的な会計のルールを話し合う会議には、日本からも2人ぐらい の専門家が参加するのですが、会議は英語で進められるため、日本の委員は、 一言も発することができない、という噂があります。日本人にとって、英語の壁 は厚く高いのです。
結局、日本人委員には、欧米人だけの話合いで会議で決まったことを 「会計の国際ルールは、このように決まった」と英語の文書を渡されて 終りということなのでしょう。困ったことですが、英語の壁のため、 仕方がないわけです。
今年は北京冬期オリンピックが開かれましたが、審判に対する数々の疑惑が 発生しました。こうした疑惑の審判に対して日本のコーチや監督は抗議しな いのでした。
この日本のコーチや監督が抗議しない姿勢について、「日本人は謙虚なのだ」 とか、「強く抗議すべきだ」とか、色々な意見や批判が出ています。
しかし、見ていると冬期オリンピックの審判は、ほぼ全員が欧米人です。従って、 抗議は英語でしなければなりません。日本のコーチや監督が、欧米人の審判に 英語で抗議するのは無理です。「こんにちは、いい天気ですね」というレベルの 英会話ではありません。「今の審判は誤っている。なぜならば、〜〜〜だからだ」 ということを筋道立てて論理的に英語で話さなければならないのです。無理です。
そもそも、その種目のルールは英語で書かれているでしょうから、その種目の 経験者である日本のコーチや監督が、英語が読める人と話し合いながら、その 種目のルールの日本語訳を作って、そのルールの勉強をすると思うのです。その 勉強だけでも大変です。
まして、競技後にその場で「審判が間違っている。抗議しなさい」と 言われても、英語でやらなければならないのですから、できるはずがありません。 どんなに疑惑の審判であっても、選手は可哀想ですが、日本のコーチや監督は、 日本のテレビ、新聞記者に「ルールに従います」と言うことしか できないのです。
以前に書きましたが、日本が対米戦争(太平洋戦争)に入る前、アメリカのハル 国務長官と交渉していた駐米大使は野村吉三郎でした。戦後にハル国務長官は、 回顧録で次のように書いたのです。
「野村は、交渉に通訳を入れるのを拒否した。しかし、私は野村が英語で何を 言っているのか分からなかった。」野村大使は、ハル国務長官を相手に英語が できるフリをしていただけだったのです。野村吉三郎はエリート軍人養成学校で ある海軍兵学校の抜群の優等生でした。海軍兵学校の抜群の優等生で、 海外勤務経験の長い野村吉三郎駐米大使にしてこの状況なのでした。
当時、日本では野村吉三郎駐米大使とハル国務長官の交渉の行方を、政府の 偉い人たちが、緊張して、固唾(かたず)をのんで待っていたのです。しかし、 上記のように野村大使は、ハル国務長官を相手に英語ができるフリをしていた だけで、交渉はしていないのです。この状況で、日本は対米戦争(太平洋戦争) に入っていったのです。何とも言葉がありません。
対米戦争(太平洋戦争)直前の野村吉三郎駐米大使が、この状況でした。今回の 北京冬期オリンピックで、疑惑の審判に日本のコーチや監督に対して、英語で抗議 しなさいと言っても、それは無理な話です。
そして、会計の分野でも他の分野と同様、英語の厚く高い壁の問題があるという ことなのです。国際語となった英語の、読む、書く、話す、という総合力を高める ことは、日本人が民族として、この厳しい国際社会を生き延びる上で必須です。この 悩ましい英語の問題は、またの機会に考えたいと思います。
話しを戻しましょう。さすがに、著者田中弘の警告などもあり、日本では IFRS(国際会計基準)に対する警戒心も出てきて無邪気な導入にはブレーキが かかりました。
金融経済の膨張に対応して、日本の会計を理論的に再構築しようという 上記の石川純治駒澤大学経済学部教授のような優れた会計学者の出現も 強く影響しています。
しかし、欧米が決めたことには、従順に従うという日本人の性格 からIFRS(国際会計基準)が日本の会計実務や日本経済にどのような 影響を与えていくかは注意して見ていかなければなりません。
上記の「IFRSはこうなる 田中弘 2012年3月31日 発行 東洋経済新報社」によって、私は話題のIFRS(国際会計基準)とは 何なのかという、その本質の姿を教えていただけたのでした。
(了)
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