東大の会計学テキストを読む A
(前頁より続きます)
S教授が会計学者としては奇妙な数式を作成して上記の著書を書き始めた理由は、 この本の前に戻って「はしがき」をもう一度読み直してみて分かりました。 「はしがき」には、「本書を読むのに予備知識はとくに必要ない。〜略〜 東京大学経済学部の基本科目「会計」と法学部の「会計学」のクラスで本書の 草稿をすこしずつプリントして教材に使い、何度も書き直してようやく刊行に こぎつけることができた。」と書いています。
( S教授は簿記を勉強しない東大生に企業会計を教える )
つまり、この本は S教授が東大の学生に企業会計を講義した内容が元になって いるわけです。東大の学生は「簿記の勉強はする気になれない」と言って 複式簿記の計算構造(以下、簿記)を勉強しないという話を読んだことがあり ます。
つまり、S教授は簿記を勉強しようとしない東大の学部学生に企業会計を教える という大変難しいことを会計教師の仕事としてやらなければならないわけです。 その苦心の結果できたのが、冒頭で資本財(資本設備)の価値を計算するという 奇妙な講義であり、その講義をまとめたのがこの著書なのです。
こうして考えると、「本書を読むのに予備知識はとくに必要ない。」という 予備知識とは明らかに簿記のことです。それでは、S教授は簿記を知らない東大 の学生に企業会計を教えるのに成功しているのでしょうか。結論的には失敗して いると考えざるを得ません。
そして、簿記を知らないまま会計学を学んで、当然のことですが、中途半端な 会計学の知識を持って世の中に出た東大の学生は、エリートであるだけに、 社会にとってひどい害になります。
( 東大の会計教育は危なっかしい会計教師を生む )
第一に、知識不足の会計学者を生みだしてしまい、他の大学の会計教師になって 危なっかしい、ふらつく講義をして他大学の学生に大変な迷惑をかけます。実は 私は50年前の昔、私が学んだ大学に非常勤講師として来ていた U横浜市立大学教授 に財務会計論を習ったのでした。U教授は東大経済学部出身であり、テキストは U教授が書いた「企業会計原則精解 昭和44年1月10日初版発行 昭和45年3月30日 4版発行 中央経済社」でした。
このテキストの 67頁に「すなわち、費用収益対応の原則は、期間損益計算におい て、一定期間に実現した利益に対して、これを獲得するに要した一切の費用を計上 することによって、正確な期間収益を計算するための会計処理の原則である。」と 書いています。
この記述は明らかに「収益」と「利益」を取り違えています。私は長い間、U教授が このような取り違えをしていたのはなぜなのか疑問でした。上記のように U教授は 東大経済学部出身です。時代が違いますからS教授の講義を受けたわけではありませ んが、S教授の上記の本と同じような東大の講義を受けて会計学を学んだのでしょう。
つまり、簿記を学ばずに、簿記を予備知識としない東大の中途半端な知識の会計学 を学んだのだと考えられるのです。そのため、U教授は収益と利益を取り違えていた のです。このテキストを使って U教授の講義を聞いていた私は、この部分は重要で あるという印を付けています。確かに、財務会計論にとって費用収益対応の原則は 根本原則、原理であり極めて重要です。U教授は講義の中でここを重要であると強調 したのでしょう。
この本は上記のように初版から1年2カ月余りという短い期間で既に4版であること を考えると、単なる誤植とは考えられません。つまり U教授は東大で簿記を履修せず に会計学を学んだため、収益と利益の違いを分っていなかったのでしょう。
( 私は U教授の収益と利益の取り違えに気づかなかった )
そして、誠に情けないことですが、初めて財務会計論を勉強していた大学生の私も、 この U教授の収益と利益の取り違えに気づかなかったのでした。気づいたのは、 会社で会計実務をやるようになって、勉強のため読み直したときであり、大学で U教授の講義を聞いてから随分時間が経っていました。
私が学んだ大学は、財務会計論を学ぶ学生は、事前に簿記の単位を取っているように 指導されていました。私は、その指導に従い U教授の財務会計論を聞く前の年に 簿記を履修していました。そのことを思うと、私は U教授に「ここのところは収益と 利益が逆になっていると思います。」と質問しなければならなかったのです。
しかし、私は何も気づかず質問もせず、U教授の講義を聞きながら、そこの部分を ただ通り過ぎてしまったのです。前年に簿記を学んでいたのに、私は何と理解の鈍い 大学生だったことでしょう。あれから50年経って、私は今もそのことを深く反省 しています。テキストの読みが浅かったのです。
(次頁に続きます)
(了)