1970年代前半の会計課の風景(2止)

前回は、大きな金額をソロバンで計算する、という話を しました。ところで、当時は会計伝票を手書きで書きました。会計 伝票は複写方式で、間にカーボン紙を入れて書くのでした。

そして、伝票の右上に勘定科目を印で打ちます。それから 左下に相手科目を打ちます。複写で作成された2枚目の 伝票には勘定科目を逆に印で打ちます。

入出金は財務部の管轄でしたので、日々の出金伝票、入金 伝票は財務部からまわってきます。そして、月が替わって月初 になりましたら、営業部など他の部の振替伝票を集めて来て、 自分が起こした振替伝票と一緒に上司の課長の認印をいただくのです。

それから、勘定科目毎(ごと)に伝票を分けて、ソロバンを入れ て、総勘定元帳に記入して、勘定科目毎の合計金額を出し て残高試算表を作って、というように月次決算の作業が進んで いくのでした。

工場、支店からも残高試算表が送られてきます。全国の県に工場がありまし たので、かなりの枚数になります。その残高試算表を勘定科目を合わせて 横に並べ、動かないように大きなクリップで止めて、左から右にソロバンをずら しながら足し上げていって、工場の残高試算表計と支店の残高試算表計を作成し ます。それから各々(おのおの)の計を総勘定元帳に記入します。

( 金額の不一致の原因をどこまでも探し回る )

そして、月の半(なか)ばに、本社、工場、支店、の数字がすべて記入された 総勘定元帳から会社全体の最終の残高試算表を作成し、その借方(かりかた)と 貸方(かしかた)の金額が一致していたら月次決算が終了です。しかし、ソロバンと 手書きで仕事をしていますので、ほとんどの場合、不一致です。

不一致のときは、不一致の原因を求めて、どこまでも帳簿の中を探し回るのです。 不一致の原因を、夜遅くまで何時間もかけて、やっと見つけると、「32を23と 逆に記入」、「1を7と見間違い」など、実は単純なことが原因なのでした。

このような苦労の多い作業は、新入社員が若い体力を使って、「合わなかったら どうしよう。」と、冷や汗を流しながらの力(ちから)仕事でした。その後、パソコン が現れると、アンバランスな入力を直(す)ぐにパソコンが教えてくれるので、この新入社員 の力仕事は、夢であったかのように消えたのです。

( 期末決算業務の中で特別に苦しかった仕事 )

期末決算になると、毎月の月次決算業務に期末決算業務が加わりました。 期末決算業務の最後には、各勘定科目の内容を項目ごとに1行づつカーボン紙で複写 してボールペンで書いていきます。1頁30行ぐらいの用紙でした。

慎重に書いていくのですが、1字でも間違えたら書き直しです。 この書類に関しては訂正は許されないのでした。最後の30 行目で書き間違えたら最悪でした。最初から書き直しです。

書き直しを避けるため、秘(ひそ)かに、「砂消しの消しゴム」というものが ありました。普通の消しゴムとは違ってザラザラした消しゴムです。 カーボンで複写された字をその消しゴムで擦(こす)って消すのです。しかし、 その方法はほとんど失敗して紙に穴が開いてしまうのでした。徒労の努力でした。 そして、最初から書き直しです。

( 性能の良い乾式コピー機が開発された )

ちょうどその頃、性能の良い乾式のコピー機が開発されて 会社に導入されました。それまでは、コピー機といえば、 湿式のベタっとした複写機でした。新しく導入された乾式の コピー機には専用の部屋が与えられ、定年退職されたような方(かた)が 専任の管理担当者として配置されました。

これで、期末決算の時に、各勘定科目の内容を項目毎に、 1行づつカーボン紙で複写してボールペンで書くという作業から 解放されると思いました。鉛筆で原稿を書いてコピーすれば 良いからです。書き間違いがあっても鉛筆ですから簡単に直せ ます。

しかし、すぐにはコピー方式は許されませんでした。理由は、 「コピーされた字は、ナイフで簡単に削り取れるからだ。」と言う 方がおられましたが、本当のところはよく分かりませんでした。 期末決算業務の最後の書類作成に乾式のコピー機が許されたのは、 それから2年ぐらい後でした。

そして、パソコンとプリンターが普及してからは、カーボン紙を 見ることもほとんど無くなりました。今は、メールを出す時のCC (カーボンコピー)に名前が残っています。

(2016/5/31)

(了)