財務会計論を学ぶ(7)-企業会計原則-
(前回より続きます)企業会計原則の本論に行く前に民法の成立について触れたいと思います。 企業会計原則は商法と関係が深く、商法は民法の特別法の位置にあるからでし た。なお、現在は商法は会社法ということになるのでしょう。会社で 会計を中心とした実務を担当しておりますと、私法の出発点になる民法の勉強を する必要を感じてきます。税法や商法の解説書を読んでいますと「民法の規定を 受けて」という記述に出会うことがあるからです。
そして、民法の解説本を買って読みますと、民法典作成のことが書いています。 明治時代になってフランスから法学者ボアソナード博士が日本にやってきて、 法律教育と法典作成を行います。しかし、民法典論争が起きて、ボアソナード博士 が作成した民法典は施行されなかったのでした。
民法典論争ではボアソナード博士が作成した民法典に対して「民法出でて忠孝 亡(ほろ)ぶ」という批判が有名です。そして、その後あらためて日本人の 法学者が民法典を作成し施行されたのでした。民法の解説書を読みますと、 「ボアソナード博士が作成した民法典が施行されずに、何故(なぜ)あらためて 日本人の法学者が作成した民法典が施行されたのか、その経緯、理由は分から ないところがある。」と口ごもるのでした。民法学者は、理由は分かりませんが、 日本民法の原点にあまり触れたくないようです。民法の出発点が民法典論争のため にゴタゴタしているのが嫌なのかもしれません。
( 日本人法学者は改めて民法典を作ったのだった )
さて、あらためて民法典を作成した日本人の法学者は主としてドイツ民法典を参考にして 民法典を作成しました、と言いました。しかし、明治時代になって、ヨーロッパに 留学して、ヨーロッパの法学を今、習って来たばかりの日本人の法学者に私法の 基本法である民法典を作る力(ちから)が、常識的に考えて、あろうはずはありません。
民法の解説書を読んで考えてみますと、 日本人法学者が苦心惨憺の苦悩と努力の果てに、できあがった民法典は中味は ボアソナード博士が作成したフランス風民法典に、所々にドイツ民法、イギリス民法、 などの条文が入った民法典になったことと思われます。そして、第一編、第一章、 などの編立て、章立て、など形はドイツ民法典風でした。パンデクテン方式と言うの だそうです。民法典の冒頭に、その民法典の全体に影響する一般的抽象的規定が、 まとめて書いてあります。従って、最初にそのパンデクテン方式という仕組みが 分かっていないと、読んでも分からない構造になっているわけです。
( 民法典作成者は主としてドイツ民法典を参考にしたと言った )
この民法典を作成した日本人の法学者は主としてドイツ民法典を参考にしました、と言った のでした。それで日本民法は、形がドイツ民法ですし、ドイツ民法の影響が強いと 言われ続けてきたのです。そして、この民法典が国会を通って施行されたのです。
この民法典を解釈、運用するのは実に実に大変だったことでしょう。しかし、 ここにいかにも日本人らしい勤勉な勉強家、我妻栄東大教授が現れてこの 民法典をドイツ法学で解釈するという難しい仕事を成し遂げたということで民法解説書 を著したのでした。
実は、私は学校の選択科目で民法の講義を受けたことがありました。先生は、 講義の初めの所で、我妻栄東大教授の著作で「ダットサン民法」と称される 民法解説書に言及され、「小型の本ですが、習得するには丸々1年間を要する本 です。」と著者、我妻教授への限りない敬愛と尊敬で胸が一杯の感じで、遠い所を見 る目線で、われわれ学生に語りかけるのでした。
しかし、この先生が講義に使われたテキストは敬愛するダットサン民法ではなく、 ご自分を含めて20人ぐらいの助教授、講師クラスの方々(かたがた)が手分けして 書いて寄せ集めた「民法解説寄せ集め」の本なのでした。そのため、解説がバラバラ だったのでしょうか、読んでもよく分かりませんでした。
( 星野英一教授は民法典はフランス民法の影響が強いと主張した )
それにしましても、いかに勤勉な勉強家、我妻栄東大教授といえども、 上記のようにして作成された日本民法典をドイツ法学で解釈するのですから、無理 な解釈の部分が出てくるのでしょう。我妻教授の解釈の無理な所を我妻教授の最後の お弟子さんと言われる星野英一東大教授がフランス語の勉強に努力するという原点の ところから始めて、本当は中味はフランス民法の影響の強い日本民法の解釈の無理 な部分の解釈をやりなおして、民法解説書を書き出版されたのでした。
日本民法はこのような苦悩の過程を経て、日本社会に定着してきたのでした。私は 法学部出身ではありませんので、深くは分かりませんが、星野教授のご努力を超え て、今なお残るであろう無理な民法解釈が法学部生を苦しめているのではないだろ うか、と心配してしまいます。
( 田中耕太郎博士は民法典論争を嘆いたのだった )
民法典論争のようなものが起きずに、ボアソナード博士が作成した民法典が素直に 施行されて、運用される中で見つかった欠点を修正していく方法をとった方(ほう)が、 混乱は無かったし、どんなに良かったかと思うのです。ボアソナード博士が作成 した民法典が民法典論争を経て結局施行されなかった理由について、日本が生んだ 世界的な法学者、田中耕太郎博士は次のようにお嘆きになるのでした。
「 〜要するに当時わが国におけるボアッソナードを囲繞する社会の知識的水準は、 ボアッソナードの深遠なる根本思想と広範なる知識と教養とに発するところの業績 を理解することから余りにも懸け隔たっていた。彼の業績はきわめて偏狭な見地 からして批評せられ、思想的訓練を欠きそれ自身の中にはなはなだしき矛盾を包蔵 するような立場からして攻撃せられた。」続世界法の理論(下)田中耕太郎著 昭和47年11月15日 初版第1刷発行 有斐閣 555頁 。
「なるほど、そういうことだったのか」と私は深く納得いたしました。民法学者が 民法の出発点である民法典論争に触れたがらないはずです。そして、 現今、弁護士などの法律家出身で野党の政治家をしている方(かた)の言動を テレビで見ていると、日本の法律家の「知識的水準」は民法典論争の時代から何も 変わっていないようにも思われるのです。田中耕太郎博士が再び嘆くお声が聞こえて きそうです。恐らく現代日本の法律学自体の「知識的水準」が民法典論争の時代から あまり変わっていないのでしょう。実験などで着実に進歩できる理科系の学問 と違い、文科系の学問の難しいところなのでしょう。
( 田中耕太郎博士「法律学とは何ぞや」を読む )
会計実務を担当しますと、法人税法などの法律に関係します。そして、法人税法の 解説書を読むと商法の規定を受けて、と書いているところがあります。それで、 商法の解説書を読むと民法の規定を受けて、と書いていたりします。私は、法律学 とは何だろうかと悩みました。
そのため、若かった時、田中耕太郎博士の「法律哲学論集1 昭和17年7月7日 第1刷発行 昭和17年12月10日第2刷発行」の中の「法律学 とは何ぞや」を読んだのです。そして、私のような法学部出身ではない法律の門外漢 に法律学の何たるかを易しく親切に教えていただけたのでした。会計実務を担当して 法律が分からずに困っていた私は田中耕太郎博士に救われたのでした。
(次回に続きます)(了)