財務会計論を学ぶ(6)-企業会計原則-
前回は、会計公準について話したのでした。今日は、企業会計原則について 勉強したいと思います。「財務会計講義 桜井久勝 第12版 」では59頁に なります。
財務会計論を学ぶ場合、会計公準の次は会計法規を学ぶことになります。 会計法規を学ぶ場合、会計法規集を1冊、手元に置いて参照すると良いと思 います。
テキストの中でも部分的に紹介されますが、全体の姿を見てみると理解が 速く進むからです。そして、会計法規の出発点は企業会計原則になります。 企業会計原則は昭和24年7月9日、経済安定本部企業会計制度対策調査会 中間報告として公表されました。つまり、法律ではありません。
関係者は、当初、法律化を目指したようですが、企業会計原則はその性質上、 法律にはなじみませんので法律化はされませんでした。法律には国家権力を背景 にした強制力があります。会計理論をまとめた文書をそのまま法律にするのは、 当然のことですが無理があります。その当時、企業会計原則作成の関係者は 法律学に関して見識が乏しかったのでしょう。
法律化できなかった関係者の無念、悔(くや)しさがにじみでている文章が 企業会計原則の前文にあります。「企業会計原則の設定について 二 1 企業会計原則は、〜中略〜、必ずしも法令によって強制されないでも、 すべての企業がその会計を処理するに当たって従わなければならない基準 である。」
しかし、商法には、「第32条A 商業帳簿ノ作成ニ関スル規定ノ解釈ニツイ テハ公正ナル会計慣行ヲ斟酌スベシ」とあって、企業会計原則は重要な 「公正ナル会計慣行」と解されていました。今は、商法から会社法になりま したが、企業会計原則と会社法の関係は商法の時代と同じであって何も変わら ないと思います。
企業会計原則の関係者は法律化できなかったという無念の悔(くや)しさ など、持つ必要は無かったのです。このような誤解、混乱は企業会計原則に 限らず、ヨーロッパからの法律制度などの導入に当たって目立ったものがあり ました。
この辺りの事情が、私も会計実務を始めた若い頃よく分からなくて混乱させ られましたが、初学の方(かた)がどなたも、誤解、混乱の理由、経緯が分かり にくくて悩まされる所だと思いますので、私法の基本法である民法にも触れ ながら話してみたいと思います。
( 黒澤清教授は法律学に対抗心を燃やした )
企業会計原則作成の中心メンバーである黒澤清教授の法律学に対する悔しさは 法律学者の田中耕太郎博士に対する剥き出しの対抗心となって、その著書 「近代会計学<普及版七訂> 黒澤清 1980年5月15日普及版七訂版第1刷発行 春秋社」に書かれています。
黒澤教授は、田中耕太郎著「貸借対照表法の論理」を取上げて、上記の自分の 著書に次のように書きます。
「法と会計の対比において、田中博士は法のうちにのみ論理的体系をみとめ、 会計は技術の体系以外の何ものでもないときめてかかっている. この独善的 見解は、あまりに法律学者的である. 会計もまた法律と対等の論理的体系を 有する. 法も論理と技術との両者から構成されているように、会計も固有の 論理と技術とをもっているのである. 〜中略〜会計は単に簿記のみから成り たつものではなくて、もっと広範な企業の物的経済的制度的秩序であり、 ただに簿記の技術を包含するばかりでなく、固有の論理と原則をそなえている ものである.」292頁
何だか黒澤教授の無念のギリギリという歯ぎしりが聞こえてきそうな文章です。 しかし、田中耕太郎著「貸借対照表法の論理」は、何も黒澤教授が無念の歯ぎしりを するような本ではありません。
実は私は現役だった会社員の頃、本屋さんで「商法学 特殊問題 下 (田中耕太郎著作集10)1958年6月20日 第1刷発行(春秋社) 1998年4月30日 復刻版(追補)第1刷発行 新青出版」 を見て 購入したのでした。この著作集の中に「貸借対照表法の論理」が収録されて いたからです。
しかし、その頃、私は現役の会社員としてとても仕事が忙しく、このような 重厚な書物を読んでいる余裕が無いのでした。それから何年かして会社を 定年退職して時間ができた私は、この本を手に取り読んだのでした。とても 内容の難しい本でしたから中味を十分に読み取れたとは思えませんでした。
( 田中耕太郎博士は貸借対照表法に真正面から切り込んだ )
田中耕太郎博士が「貸借対照表法の論理」を出版したのは54歳のときです。 田中博士は長年にわたって貸借対照表法を研究してきたのでした。田中博士は この著書の冒頭で次のように述べます。
「貸借対照表法は商法の各範域の中で最も難解な部分に属する。そのしかる 所以(ゆえん)は、それが特殊の技術すなわち簿記及び会計の技術と極めて 密接に牽連(けんれん)しているからである。」4頁(現代的表記にし、難しい 漢字に読みをつけました)
商法学者にとって「会社ノ計算」の部分の理解は確かに難関だと思います。 田中博士が述べるように「特殊の技術すなわち簿記及び会計の技術」が入って くるからです。今は、会社法になったと思うのですが、難関であることは 田中博士の時代と何も変わらないと思います。田中博士は、その難しい 貸借対照表法に真正面から切り込み、研究し、「貸借対照表法の論理」を書い たのでした。
しかも、この世界的な法学者、田中耕太郎博士は「貸借対照表法の論理」を 書くにあたり、謙虚に同僚の会計学者に教えを請い、その助けを受けたのです。 田中博士は「貸借対照表法の論理」の序で次のように書きます。
「終りに本稿の執筆に当り、東京帝国大学経済学部上野道輔教授は、経済学部 研究室図書の利用について便宜を計られた上に、幾多の蔵書を貸与せられ、 また談話の際、貴重なる示唆を与えられたことが少なくなかった。私は、 それによって、特に総合大学の意義を切実に感ずるところがあった。」3頁 (現代的表記にしました)。田中耕太郎博士のように商法研究のために真正面から 簿記及び会計の研究に取り組む商法学者は希有の存在と思われるのです。
( 田中耕太郎博士は巨大な存在である )
田中耕太郎博士と黒澤清教授とでは、学者としてのスケール、次元がまるで 違っていました。黒澤清教授が無念の歯ぎしりをしても仕方がないのです。 黒澤教授のような会計学者のみならず、日本の法律学者も田中耕太郎博士の前に 出たら、自分の凡庸さを感じない方(かた)はおられないでしょう。私は法律の 本を仕事のために読んできましたが、長く定年まで仕事してきましたのである程度 の冊数を読んできました。しかし、田中耕太郎博士の本を参考文献に上げている ものは1冊だけでした。
日本の法律学者の方は田中耕太郎博士の法律学者としてのあまりの巨大さに 圧倒されてしまい、恐れを感じて田中耕太郎博士の本への言及を避けるのだと 思います。私も長く生きてきて、その辺(あた)りのことは何となく分かる 気がするようになりました。
(次回に続きます)
![]() | 新品価格 |
![]() | 新品価格 |
(了)

