(2017/12/1)

財務会計論を学ぶ(3)-会計実務の「取引」の例-

前回は簿記上の「取引」の定義の話をしました。ところで、私は会計実務の仕事 で、「これは簿記上の取引なのかどうか」という問題で、会社の人と厳しい議論をし たことがありました。私が30代後半で転職した会社には、Sさんという会計顧問の ような方(かた)がおられました。

Sさんは、ある有名な一部上場企業で長く会計の仕事をして定年退職したのでし た。そして、監査法人の紹介で私が転職した会社の会計顧問のような形で仕事を していたのです。

私は、転職して何年かして、その会社の子会社に勤務していたのですが、ある 期末決算で小規模な事業所の建物などの固定資産すべてを除却損処理しました。

その事業所は営業の成績が低調で、やむを得ず期末決算日の3/31をもって 事業所を閉鎖し、再開は無いということが決定していたのでした。そして、 固定資産台帳に載っていた資産は利用価値が全く無いので、速やかに業者さんに 頼んで、すべての固定資産を撤去し廃棄することになっていたからです。

( 決算書について、決算のやり直しの指示があった )

決算書ができて親会社に届けると、数日して会計顧問役のSさんから電話があり ました。以下が、Sさんと私の電話でのやりとりです。

Sさん 「3/31をもって閉鎖した事業所の固定資産をすべて
     除却損処理しているが、この資産の撤去廃棄はいつに
     なるのか。」

 私	 「業者さんに頼んで4月以降に速やかに撤去廃棄する
      ことになっています。」

 Sさん 「それでは、この除却損処理は撤去廃棄したときに実施
     しなければならない。除却損処理を元に戻して決算を
     やりなおしなさい。」
 
 私   「この3/31をもって閉鎖した事業所の固定資産は、
     まだ撤去廃棄はしていませんが、事業所の再開は無く
     速やかに業者さんに頼んで、すべての資産を撤去し
     廃棄することが決定していますので、3/31付で
     除却損処理した私の会計処理は正しいと思います。」

こうして、お互いの主張は平行線をたどり、その日は終わったのでした。2、3日 して、また、Sさんから電話がありました。

Sさん 「税務署に聞いてみたけど、このような場合は、
     除却損処理は固定資産を撤去廃棄したときに実施する
     のが正しい、という話だ。除却損処理を元に戻して決算
     をやりなおしなさい。」

 私   「たまたま電話に出た税務署員の考えが必ずしも正しい
     とは言えません。」

こうして、この日もお互いの主張は平行線をたどって終わりました。何日かして、 また、Sさんから電話がありました。

Sさん 「監査法人の公認会計士に聞いたところ、このような
     場合は3/31付で除却損処理するのが正しい、と
     いうことになった。決算書はこのままでよろしい。」

こうして、この件は終わったのでした。この議論のやりとりは、議論の中に言葉とし ては出てきませんが、簿記上の「取引」の発生時点をどこで捉えるか、という問題です。

私は状況から判断して、事業所が閉鎖された3/31と捉えました。その事業所の 固定資産の経済価値がすべて失われた、即ち、「資産が減少した」、と捉えたからです。

一方、会計顧問役のSさんは、固定資産が実際に撤去廃棄された時を簿記上の「取引」 の発生と捉えていたのでした。しかしながら、会計は経済価値の動きを計算するもので あって、物理的な形を計算するものではないのです。

( 会計顧問役の Sさんは財務会計論を知らないのだった )

Sさんは、一部上場企業で長く会計業務に従事して定年を迎えただけあって、日常の 会計処理から決算書の作成に至るまで会計実務全般の知識に詳しい方でした。ところが、 Sさんは財務会計論の根本部分の知識をご存じないのでした。

公認会計士試験は、もちろん財務会計論が必須科目です。監査法人の公認会計士の方は、 試験勉強を通して財務会計論の根本部分の知識をご存じです。

Sさんは、監査法人の公認会計士の意見をそのまま、正直に、私に伝えてくれました。 但し、Sさんご自身は監査法人の公認会計士の意見に対して、どうしても納得はできない ようでした。

( 会計実務は経験と理論の両方が必要である )

会計は経験が大切です。会計の基礎である簿記は、商業の現場から生まれた技術だから です。学者の方が研究室で生みだしたものではありません。しかしながら、経験だけ では適切な会計処理はできません。会計は商業の現場から生まれた簿記を出発点としながら、 長い歴史の中で、優れた学者、研究者の知性によって理論が練り上げられてきた分野でも あるからです。

経験を重ねると共に、財務会計論の勉強をして会計の理論を体系的に把握することが 大切です。経験を積むだけで、会計理論の勉強をしませんと、Sさんのように会計実務に 関して経験から来る広範な知識を身につけているのに、会計の大切な根本部分の知識が スッポリと抜け落ちているということになってしまうのです。

財務会計論は「簿記上の取引とは何か」ということをしっかりと理解することが出発点 になります。そして、日商簿記3級の勉強を一通り終えていれば、簿記上の「取引」 を正確に理解できるようになります。

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(了)