1970年代前半の会計課の風景(1)
私は、学校を終えてある会社に就職し、本社会計課に配属 されました。その頃の会計課の風景を書きます。
入社すると、会社からソロバンを支給されました。その部に は会計課以外にも課があって部全体では20人ぐらいの部署で した。
その20人ぐらいの部署に1台の大きな電卓がありました。 今の大きなデスクトップのパソコンを横置きにしたような感じ でした。足し算、引き算はソロバンでやりましたが、掛け算、 割り算をする時は、私もそうですが、ほとんど方(かた)がソロバンで はできないので交代でその大きな1台の電卓を使っていました。
そして、日常の書類は手書きでした。伝票や会計帳簿にボール ペンで記入して、ソロバンで計算するのでした。パソコンが普及 した今からは考えられないことです。
日本全国に事業所がある企業でしたが、45年ぐらい前の 1970年代前半の会計課はそんな風景でした。当時は、 多くの企業はそのようなものだったと思います。
私が勤めた会社の売上げ合計は、桁数が大きいのでした。いわ ゆる薄利多売の業種でしたので、利益はまあまあなのですが、 売上げ、売上原価、販売費、など、あらゆる合計金額の桁数が 大きいのでした。
( 大きな桁の数字をソロバンで計算する )
私は、一、十、百、千、、、と位取りしながらソロバンを 使って計算の仕事をしました。毎月、月が替わって月初に なると前月の月次決算(げつじけっさん)業務を始めます。 そして、毎月、月の半(なか)ばまで、午後8時、9時、10時、、、と 残業の日が続くのでした。
大きな金額をソロバンで計算するのは大変な仕事です。 ソロバンは小学校で習って以来でした。今は、パソコンが ありますので、借方(かりかた)、貸方(かしかた)の金額が 合わないときは、パソコンが直(す)ぐに教えてくれます。
しかし、当時は借方、貸方の金額が合わないときは、 人の目と手で、どこが合わないのか、原因を探さなけ ればなりません。
合計金額が三つになってしまった時は困ったものです。 三つの金額の内、どれが正しいのか、もう 一度ソロバンを 入れるのでした。私は、このようなことを毎月繰り返して いました。
( ソロバンの無いアメリカでは何で計算しているのだろうか )
ある月、やはり夜遅く残業して、三度目か、四度目の ソロバンを入れている時、会計課長が前を歩いて来ました。 課長は、旧制商科大学の流れをくむ H大学のご出身で、とて も優秀な方(かた)だということでした。
そして、ずっと後(あと)のことですが、その頃の H大学には ソロバンの授業があったのだ、ということを何かの本を読 んで私は知ったのでした。
ソロバンで疲れ果てていた私は課長に「アメリカには ソロバンは無いと思いますが、アメリカではどのように して計算しているでしょうか。」と聞いてみました。
今から考えますと、実際の仕事の苦しみの中から出た、 的を射た良い疑問です。
課長は立ち止まり、少し考えてから、「分からないな。 早く計算してくれ。」と言って、ご自分の席に行ってしま われたのでした。
このようにして、私はあまり冴えない新入社員時代を送って
いました。日本の高度経済成長が終わりかけていて、第一次石油
ショックによる混乱が目の前に迫っている時でした。
(2016/5/25)
(了)