(2020/9/1)

竹内靖雄「市場の経済思想」を読む(2止)

(前頁より続きます)

( 共産主義国「ソ連」は自滅した )

ソ連が自滅したのは1991年のことでした。私が上京して私大経済学部で 経済学を学んだ1960年代後半は、ソ連が健在であったため「科学の装い」 をしたマルクスの反資本主義思想(共産主義思想)が大学の経済学部で強い 存在感を持っていたのです。

マルクスの共産主義思想は「共産党宣言」で表明されました。そして、 「資本論」はマルクスの共産主義思想のための「科学の装い」なのでした。

「資本論」は冒頭の商品の説明のところが論理が通っていません。なにしろ、 アリストテレス以来の「市場における人間の活動」(資本主義経済)に反対 する立場に「科学の装い」をしようというのですから論理が通らずに無理が あります。そのため、読む人に難解な印象を与えます。

ところが、その難解な印象が、現実の経済を知らずに大学の研究室に閉じこ もって熱心に本を読んで研究している経済学者には、「資本論」になにか 素晴らしい真理があるように感じさせるのです。

1960年代後半に私が習った経済学の先生達は「資本論」の「科学の装い」 に魅せられ取り憑かれた人たちだったのです。そのため、どの科目の講義も 「資本論」をなぞった同じような講義になったのです。

西洋では、アダム・スミス「国富論」以来の経済学が順調に発展しました。 「国富論」は工場における分業の効果についての詳細な分析から始まっています。 アダム・スミスは工場に行って、自分の目と鋭い観察力で製造の現場を見たの です。「国富論」はアダム・スミスによる現実の経済に対する注意深い観察に 支えられています。そのことが「国富論」を永遠の書にしています。

( 日本の経済学の世界は異様であった )

それに対し日本の大学経済学部ではマルクス「資本論」が異様な形で拡大し、 社会に大きな影響を与えました。

西洋には中世以来のキリスト教神学の学問の伝統があり、人文科学はそこ からの派生という形で現れ発展してきました。ドイツ観念論哲学もそうです。 「資本論」はマルクスが現実の経済を見ずに図書館に閉じこもって本ばかり 読みながら経済をドイツ観念論哲学でこねまわしてみたものです。

キリスト教神学の学問の伝統を持つ西洋の人は、経済をドイツ観念論哲学で こねまわしても現実の経済の真実を解き明かすことはできないということが 直感的に分かります。そのため、経済学の世界では、マルクス「資本論」は、 随分と変な異端の一つとして扱われ、まともには相手にされませんでした。 当然のことです。

しかし、キリスト教神学の学問の伝統のない日本では、マルクス「資本論」の 「論理が通らない=難解な印象」に何か経済の深遠な真理があるのではないか と錯覚し、大学経済学部の多くの学者がマルクス「資本論」に夢中になった のでした。

日本は西洋から遠く離れているために、西洋発の人文科学なのに、 離れ小島のようなところで独善の独りよがりが許されるところが不幸でした。 それは喜劇でもあり悲劇でもありました。

明治時代になって日本に入ってきた西洋の人文科学はその母体、出発点で ある中世キリスト教神学の知識を欠いているため、そのほとんどが根の無い 枯れ木となってしまっています。日本の大学経済学部で大流行したマルクス「 資本論」の経済学はその典型、象徴でした。どの大学の図書館に行ってもマルクス 「資本論」の似たり寄ったりの解説本が置き場に困るほど山のようになって いるのを見ることでしょう。

西洋で生まれ発達した人文科学については、日本の場合、 中世キリスト教神学の知識を欠いているため、生まれながらに枯れ木の本が 大学図書館の中で巨大な山になっています。そして現在も、枯れ木 の本が数は少なくなっても、毎年その上に積まれて巨大な山を 少しづつ大きくしているのです。

( 西洋発の人文科学を学ぶ学徒の苦労について )

西洋から来た人文科学を学ぶ日本の若い学徒は、枯れ木の本の山に 飛び込み、分け入り、根のある本を探し出さなければなりません。本当に大変 なことです。しかし、日本では、西洋から来た人文科学は、このような状況で あるということを前もって知っていれば、それだけでも、学ぶための苦労が 随分と軽減できることでしょう。

1991年、ソ連が自滅して、憑(つ)きものが取れたようにマルクスの 影響力は衰退しました。しかし、大学では、今も「科学の装い」をした 「資本論」が、経済学部教師の生活や処世のために、マルクスという名前は 使わないで「社会経済学」などという名称を使って、ごまかしたりして、 細々とではあっても、しぶとく生き残っているようですから経済学部の学生 の方達は惑わされないように十分に注意しなければなりません。

経済学においては、思想は重要です。ケインズは、その主著の最後に 「思想が大切である。未来を動かしていくのは思想である。」と書いていたの を覚えています。誠にその通りです。

50年も前のことですが、経済学の講義に感じた違和感の理由を、私は、 西洋の中世、古代にまで遡(さかのぼ)って経済思想の全体を解明してくれた 著者竹内靖雄に教えてもらうことができたのでした。

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(了)