学校で習う歴史の改善策について(3)
(前頁より続きます)( 極東国際軍事裁判(東京裁判)歴史の解決策)
このような巨大な作業は、今となっては不可能です。私は長年にわた って会社員として働き定年になりましたが、その経験からすると、 このような場合の現実的な解決策として考えられることは、これから、 マッカーサー極東国際軍事裁判(東京裁判)歴史の路線に沿って 書かれる歴史教科書には、1951年5月3日アメリカ上院軍事・外交 合同委員会でマッカーサー本人が、 次のように証言した、と書き加え ることです。
つまり、上記の直木孝次郎大阪市立大学名誉教授が書いた歴史教科書の 「1>占領と民主改革」の章の最後に、この1951年5月3日 アメリカ上院軍事・外交合同委員会におけるマッカーサー証言をその まま書き加えるのです。
"Their purpose,therefore,in going to war largely dictated by security."
(したがって彼らが戦争に飛び込んで行った動機は、大部分が安全保障 の必要に 迫られてのことだったのです)
これは、1951年5月3日アメリカ上院軍事・外交合同委員会における マッカーサーの証言です、という以上の解説は不要です。あとは、 高校生の判断に任せれば良いのです。
こうすれば、上記のアメリカ上院軍事・外交合同委員会における マッカーサー証言をほとんどの日本人は知らない、と嘆いておられる 渡部昇一上智大学名誉教授も、これで良し、と思われるでしょう。
( 岸田首相は仕方なく早大に行った )
現在、総理大臣の岸田文雄首相は東大を2回受験して果たせず、仕方なく 早大に行ったそうです。東大に行けるほど歴史教科書を暗記できなかった のでしょう。
総理大臣になった岸田文雄はインタビューで「人生最大の挫折は東大に 入れなかったことだ。」と言ったそうです。東大を2回受験して果たせず、 仕方なく早大に来た岸田文雄に、早大の建学者大隈重信は顔にベッタリ 泥を塗られた気分でしょう。
大隈重信は東大が外国語ばかり有難がたがっているのを見て、「これでは いかん。日本が発展するには日本語で学問ができる大学を作らねばならん。」 という高い志で早大を作ったのです。
ああ、それなのに、「岸田文雄は東大を2回受験して果たせず、仕方なく 早大に来ただと、仕方なくだと、馬鹿野郎、来るなよ。俺はお前みたいな奴 のために早大を作ったんじゃない。」と、明治の元勲、第8,17代総理大臣 大隈重信は早稲田の杜で叫んでいることでしょう。
それにしても、総理大臣ともあろう人が、いまだに「人生最大の挫折は東大に 入れなかったことだ。」と言っているとは、国民として情けないの一語です。
そのためでしょうか、岸田文雄首相は2回の東大受験で頭に叩き込んだ、 マッカーサーの極東国際軍事裁判(東京裁判)歴史路線に沿った言動をして、 国民は不安を感じています。
外国にあまりにもペコペコしているからです。外国に威張る必要もありません が、ペコペコする必要も無いわけです。
「民主主義政治においては、国民は自分たちの民度以上の総理大臣を持つことは できない」と言われれば、恐れ入るしかないわけですが、何とも情けない話です。
( 岸田首相は外国に気をつかう )
岸田文雄総理大臣は、果たせなかったとはいえ、東大2回受験で一生懸命に 勉強したマッカーサー歴史教科書を素直に信じたために、外国にペコペコしている わけです。岸田文雄総理大臣も、マッカーサー歴史教科書の犠牲者とも言えます。
成蹊大学出身の安倍晋三元首相は、外国に威張ることもなくペコペコすること もなく、国民は安心でした。法政大学出身の管義偉前首相も同じように外国に 威張ることもなくペコペコすることもなく、国民は安心でした。
ところが、岸田文雄首相は2回の東大受験で頭に叩き込んだ、マッカーサーの 極東国際軍事裁判(東京裁判)歴史教科書の強力な影響から出られないのです。 外国にペコペコしていて国民は不安です。その内、外務大臣時代にやったよう に国民の税金を外国に差し出しそうです。
そして、外国に感謝されるのではなく、バカにされるのです。鳩山由紀夫 元総理大臣や岸田文雄総理大臣のように、外国にペコペコばかりしていると、 結局、日本人全体がルーピー(loopy 頭がおかしい)と世界中からバカにされ ます。
(次頁に続きます)